ブルキナファソと日本を繋ぐ野球少年

続く挑戦者を応援し続けられるか


岡田綾 (おかだ・あや)  JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

ブルキナファソ見聞録

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ここブルキナファソで圧倒的な人気を誇るスポーツは、サッカーである。昨年のアフリカカップで初めて決勝戦に進み、結果は準優勝だったが、初の快挙に国中が歓喜し、選手団の帰国日とその翌日は急遽公式の休日になってしまうくらいの盛り上がりだった(翌日はパレードを行うから、というのが休日になった理由)。

 その後、ワールドカップ予選でも最後の試合で引き分け以上で本選出場というところまで行き、試合当日まさかの敗戦で出場を逃した。最後の最後で手が届かないという惜しさがなんとも悔しいが、ここまで来たということもまた事実であり、サッカーはますます人気スポーツとしての地位を確たるものにしている。そういえばつい先日も地方へ出かけた際、通り過ぎた村で人だかりができていると思ったら、1台のテレビに村人が何十人も集まってサッカーを見ていた。アフリカでよくある光景の1つである。

 そんなサッカー人気の中で、奮闘しているスポーツがある。日本でおなじみの野球。

 ブルキナファソでサッカーに次いで知られているのは、バスケットボール、バレーボール、自転車などで、野球の知名度は言わずもがなという状況ながら、ブルキナファソと日本を繋ぐスポーツへと急成長しているのだ。

ブルキナ初のプロ野球選手を目指して日本へ

 サンホ・ラシィナくん、16歳。

 昨年何度か日本国内でも報道があったので、目にした方もいるだろうか。ブルキナファソ初のプロ野球選手を目指し、昨年の夏、四国独立リーグの高知ファイティングドッグス球団に練習生として加わり、日本で汗を流した少年である。入団テストにも挑んだが、残念ながら合格には至らなかった。選手枠がある中で、彼が合格するということは、誰か他の選手を解雇しなければならないということ。そこまでの結果は掴めなかったものの、それでも、高い身体能力は大いに評価され、今年再び渡日するチャンスを得た。今度は、シーズンを通して日本に滞在することとなっている。そして、今月3日、日本に降り立った。

バッターボックスに立つラシィナくん
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著者

岡田綾(おかだ・あや)

JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

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