WEDGE REPORT

2014年4月14日

»著者プロフィール
閉じる

新井克弥 (あらい・かつや)

関東学院大学文学部教授

1960年生まれ。法政大学社会学部卒業後、ライター、予備校教師、研究所員などを経て、2008年より現職。

 「誰だってランナー。ライバルと競い合いながら、一本道を走り続ける。ゴールがあると信じて……」

 人生を生きることのつらさをマラソンにたとえたリクルートのCM。ところが、話は突然、反転する。

 「違う、人生はマラソンじゃない。どこに走ったって、向かったっていい。自分だけの道があるんだ。ゴールは1つじゃない、それは人間の数だけある。全ての人生がすばらしい」

 生きることの多様性を訴えた感動的な映像だ。しかし、かつて人材業界のリクルート関連企業に関わり、現在、大学教員として、その企業のサービスを受けている大学生の実態を見ている私には、このCMが「胡散臭いもの」に見えてしまった。

 大学教員という職業柄、毎日のように大学生に接しているが、彼らは概して素直でピュアだ。情報が氾濫する現代社会を生きる彼らが期待するのは「自分を方向付けしてくれること」。その指針についてプッシュしてくれることを待っている。だからプッシュしてくれる相手には実に従順になる。

 その現象が如実に現れるのが就活だ。不安を抱える時期に、大学が手をさしのべ、その大学がリクルート企業を紹介すれば……まさに渡りに船とばかり、素直にリクルート企業が用意するベルトコンベアに乗ってしまうのだ。

 しかし、リクルート企業は「企業を紹介することを生業とする企業」でしかない。ベルトコンベアの行き着く先はブラック企業だったりする。だから就活で何十社もエントリーしては落とされ続け、やっとのことで入社した企業でもボロ雑巾のように扱われ、何年後かには退社を余儀なくされる。おまけに自らの主体性やスキルといったものはいつまでたっても培われることはない。

 就職に関して、入り口から出口までやられっぱなしで、かつ、なんの見返りも得られない可哀想な被害者。それが大学生=若者なのだ。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る