WEDGE REPORT

2014年11月1日

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福島第一原発事故を受けて設定された避難指示区域は、2011年12月の「冷温停止状態」達成を受け、「帰宅困難区域」、「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」の3区分に見直されることとなった。

年間50mSv(ミリ・シーベルト)超なら帰宅困難区域、年間20~50mSvなら居住制限区域、年間20mSv以下なら避難指示解除準備区域と、事故後1年の段階における、空間線量率から推定された年間積算線量によって、ある意味機械的に区分されるはずだった。しかしこの区域見直しは13年8月までかかった。最大の理由は、この区分によって賠償金に差がついたからだ。

 宅地・建物の不動産賠償で見てみよう。経済産業省は東電を監督する立場として、次のような指針を12年7月に示した。帰宅困難区域は全損扱いで、事故前の時価で全額賠償する。居住制限区域は全損の6分の3、避難指示解除準備区域は同6分の2とした。これは、放射性物質の半減期から見て、帰宅困難区域は事故後6年以上帰還できないのに対し、居住制限区域、避難指示解除準備区域の避難指示解除はそれぞれ事故後3年、事故後2年程度になるだろうという予測に基づくものだ。

 精神的損害に対しては1人あたり月10万円が支払われているが、避難指示が解除されると1年後に支払いが終了する。となると当然、区域見直しではより重い区域指定を、解除については先延ばしを求める声が強くなる。避難が長ければ長いほどより多くの賠償金が支払われるという基本構造が、帰還につながる施策に前向きになれないというマインドを生み、除染の仮置き場設置にも簡単に同意しないという住民行動まで呼び起こすこととなった。

 結局、富岡町、南相馬市は解除見込時期を事故後5年、飯館村は事故後5年もしくは4年、葛尾村は事故後4年と設定。6分の3、6分の2という賠償水準は、6分の5、6分の4に引き上げられることとなった。

 時間をかけて区域見直しを行ったものの、それによって決まった賠償金格差が住民間の軋轢を生み、時間が経てば経つほどコミュニティの合意形成は難しくなり、復興は後ろ倒しされていった。楢葉町は、除染もインフラ修復工事も終わっているが、今春示す予定だった避難指示解除時期をいまだ決められないでいる。

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