中島厚志が読み解く「激動の経済」

2009年8月20日

»著者プロフィール
著者
閉じる

中島厚志 (なかじま・あつし)

経済産業研究所理事長

1952年生まれ。東京都出身。東大法学部卒業後、75年日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。パリ興銀社長、日本興業銀行調査部長、みずほ総合研究所専務執行役員チーフエコノミストなどを経て現職。著書に『統計で読み解く日本経済 最強の成長戦略』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『日本の突破口―経済停滞の原因は国民意識にあり』『世界経済連鎖する危機―「金融危機」「世界同時不況」の行方を読む』(東洋経済新報社)など。

 主要政党のマニフェストが出揃い、その内容の吟味が各方面からなされている。いままでの選挙では、マニフェスト選挙と言われながらも、その多くの項目が争点とならず、イメージ選挙あるいは郵政選挙のように焦点を絞った選挙であった。しかし、今回は、いかに政権運営能力があるかを競う形になっており、主要なマニフェスト項目について議論が深められているのは大いに結構なことである。主要な政策について個別に妥当性が検証され、議論がなされている今回のマニフェスト選挙が悪いはずがない。

 その中でも自民党と民主党のマニフェストは、安心社会や生活第一を挙げており、バラマキ的とも見られかねない項目もある。広く個人に補助金や給付金を行き渡らせることが全てバラマキとは限らず、政策がバラマキかどうか、吟味が必要なことは当然である。しかし、財政支出をするからには政策の優先度や経済効果を軽視することはできない。また、ムダの排除などによる財源を明記しているものの、財源措置が伴えばバラマキ的な政策が免責されるわけでもない。

 たとえば自民党は小学校就学前3年間の幼児教育無償化などで「子育てに心強い政策を具体的に実行していく」としている。民主党も、子ども手当などで「すべての子どもたちに教育のチャンスをつくり」、「社会全体で子育てする国にする」ことを掲げている。また、民主党は、子ども手当や高速道路無料化などで家計の可処分所得が増大し、成長戦略になるとする。

ゼロサムでは意味がない

 しかし、このような経済的支援がプラスの経済効果をもたらさなければ、負担は国民にしわ寄せされる。言い換えれば、家計の可処分所得増大を成長戦略としても、所得再分配で一部の家計の可処分所得が増えた分他の家計の可処分所得が減って全体としてゼロサムとなるのでは、成長戦略にはならない。

 自民党と民主党のマニフェストには、経済戦略に不鮮明なところもある。自民党は、低炭素革命や健康長寿などの成長戦略がある一方、「近年の行き過ぎた市場原理主義からの決別」にも言及して規制緩和が明示されていないなど、民間活力での成長を目指す小泉改革路線からの転換に十分な説明がないとも批判されている。

 民主党では、新たに成長戦略を項目として加えたものの経済戦略は手薄であり、無駄遣いを排することも立派な経済政策とは言え、なぜ子ども手当と高校教育無償化に6.2兆円もの巨額支出をするのか疑問も呈されている。ちなみに、地方に税源とともに大きく委譲したことはあるにせよ、今年度予算での義務教育費国庫負担金の額は1.9兆円である。

 足元、経済成長が失われているのみならず、内需に力強さがなく、デフレ体質にふたたび陥ってしまい、多くの人々が将来賃金の上昇に悲観的になっている。このような状況を構造的に改善することなしには、そもそも国民が豊かで将来に希望を持てる生活を送ることはできない。むしろ、このままでは、いくら「安心」や「生活第一」を掲げても、財政赤字で人工的に支えることなしには一人当たり国民所得と平均生活水準がさらに低下しかねないことが危惧される。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る