オトナの教養 週末の一冊

2015年7月3日

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中村宏之 (なかむら・ひろゆき)

読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員

1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。福島支局、立川支局、経済部、政治部、ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスクを経て2014年より現職。著書に『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』『御社の寿命』、(いずれも中央公論新社)など

 人生の折り返し点をすぎた今、自分がいくつまで生きられるのか、そして家族や周囲に迷惑をかけずに死ぬにはどうするかということを、時折意識するようになった。その延長線上に、自分や親の墓をどうすればいいのか、という考えはぼんやりとはあるが、まだ正直、リアリティを感じられないままでいる。

 自分が30代前半頃までは、生きているうちから墓の心配をする中高年の人の姿を見て、「どうしてそんな心配をするのだろう」という思いにとらわれたものだったが、年齢を重ねるうちに、今はその心境を理解できる。自分のことはもちろん、親や配偶者が旅立つ時にはどう対応したらよいのだろうという思いがだんだんと現実のものになってくるからである。

 本書は今の時代において、墓を持つことをどう考えるか、という課題を正面から見据えた本である。本書の指摘するように、墓を所有して維持することは、冷静に考えれば、とても大変な作業である。経済的に余裕がないといけないし、信頼できて相互に助けあう家族や親族がいないといけない。

 そういう点では、現代はまさに難しい時代なのである。高齢化社会で寿命が伸び、日々の生活を送るだけで精いっぱいで、墓を所有する余裕のない人もいるだろう。少子化で子供が少なくなっている中で、今の子供たちの世代が、自分や配偶者の親が亡くなった後の面倒をみるのはいろいろな意味で大変になってくるだろう。持続可能なシステムと言えるのだろうかと問いかけているのが、本書の根底に流れる思想である。

墓を維持するための負担が高まっている

 これらは非常にデリケートな問題であり、結局は個人の価値観に行き着くのであろうし、世代や住む地域によっても考え方は大きく異なるだろう。不動産を所有するのと同じように、経済力があれば、次の世代に墓を残したいと思う人もいるだろうが、残された方には維持する負担が継承される。当たり前だが、亡くなる人は、その後の面倒まではみられない。また既に先祖から引き継いでいる墓であっても、維持するための負担を感じている人は既に多くいる。

 著者は、これらの問題について率直な思いをつづっている。墓を手に入れることの意味については、

 〈墓を維持するには、その墓に参ってくれる人、掃除をしてくれる人、管理料を支払い続けてくれる人が必要〉

 〈一度買ったら、永遠にメンテナンスをし続けなければならないやっかいな買い物〉

 と規定する。みんなおぼろげながらわかっているが、地域や親族という関係性の中では言いづらい問題をずばり指摘している。歴史的に、寺とそのスポンサーとしての位置づけである檀家の関係については、

 〈寺を維持してゆくには、何らかのスポンサーを必要とする事態は変わらない〉

 〈住職がいつもいて、立派な本堂があったりすると檀家はかなりの負担をしなければならなくなる〉

 〈今の社会において、檀家というスポンサーであり続けることは相当に難しい〉

 と指摘する。

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