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2009年9月16日

 もっとも、武術家になるわけでもアスリートになるわけでもない多くの人にとっては、別に体幹部を使った動きができなくても、それこそ平均レベルの動きができれば十分と考えそうなものだ。身体を緩ませて体幹部を動かすことで、何かいいことがあるのだろうか。

 「まず、圧倒的に健康になります。例えば60代になって肺活量が大きく減るのも、肋骨の周りの筋肉が固まることが大きな原因ですが、こんなことも改善します。それに僕らの科学的実験では、背骨くねくね運動をすると副交感神経が優位になって、大脳前頭前野の活動性も高まることがわかっています。信号に対する反応速度も上がりますから、俊敏さも増します」

 「身体が緩むと、精神の下部構造も緩むということです。先の見えない仕事に臨む時のように、精神のパワーが必要な時には身体が緩んでいなければいけません。今、身体と精神を遮断し、精神だけを鍛えようとする考え方がありますが、精神論は3カ月続いても、その翌日に爆発することもあるんです。キレるんですよ。豊穣の世界である身体が、信じられないくらいの価値を精神に送ってくれることに、目を向ける必要があります」

 たしかにそうだ。嫌な人に会うと口の中が酸っぱくなるように、心と体は密接不可分なものなのに、現代では身体から得られる感覚やリズムが軽んじられているように思う。

 「岡山県の関西高校ボート部は、地方大会も勝てないチームだったんですが、私の弟子のゆる体操の指導員を行かせてから、国体を5連覇しています。ゆるトレーニングを取り入れてからは、筋トレはいっさいやっていません。監督さんに聞くと、選手が疲れなくなった、けがをしなくなった、精神的にタフになった、パワーがついた、という変化がみられたそうです」

 「大会で結果を出すということは、朝きちんと起きる、体調管理をする、礼節をわきまえるといった、日々の生活も含めた社会的行為ができていることを意味します。岡山市内出身の普通の子たちが、そこまでの高いレベルの身体能力を発揮し、社会的行為ができる。彼らは眠れる能力の一部を開花させただけなんです」

 何事も頭で考えるのが現代病だ。それは、動かさないことで肉体を衰えさせるだけではなく、身体から切り離された、もろい精神をつくってしまっているのかもしれない。身体をもっと見直そう。8割の眠れる能力を持っているなんて、わくわくするではないか。私たちの身体には、希望が詰まっている。(文中敬称略)

◆「WEDGE」2009年9月号





 

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