WEDGE REPORT

2015年8月15日

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 今から70年前、1945年8月15日に第二次世界大戦は終結した。世界中が夥しい犠牲を払ったこの戦争の中で、日本は8月6日に広島、8月9日には長崎と2発の原子爆弾を投下された。資料により数は前後するが、20万人以上もの人が亡くなったと言われる。世界に類を見ない大惨事だが、今月初旬に発表されたNHK世論調査によると70%の人が原子爆弾の投下日を正確に答えられなかったという。被爆者の平均年齢は今年80歳を超え、残された時間は多くない。唯一の被爆国として今日を迎えた日本だが、過去の歴史を受け継いでいくことが難しくなっている。

 そんな中、野球とサッカーのプロチームが平和への思いを形にしたユニフォームを着用してプレーした。被爆地に本拠地を置くプロ野球・広島東洋カープと、J2プロサッカーチーム、V・ファーレン長崎だ。

8月6日にマツダスタジアムで行われた公式戦で試合前に黙祷をするカープ選手たち。背番号を「86」に統一したのは、広島市内の小中学生ですら原爆投下日の正解率がおおむね5割以下という近年の広島市教育委の調査結果を受けて。(写真:広島東洋カープ提供、以下同)


   そもそもスポーツと平和には強い関係性がある。オリンピック憲章でも、目的は「平和でよりよい世界をつくることに貢献すること」と書かれている。東西冷戦時の1980年モスクワオリンピックでは、日本選手団は不参加となったし、1992年に開かれたサッカー欧州選手権「ユーロ1992」で、内戦による国際試合参加禁止の制裁によりユーゴスラビアは本大会への出場権をはく奪された。

 平和があってこそ、人はスポーツを楽しむことができるが、逆もまた真なり、というのが今回の2つのプロチームの活動から見て取れる。それは、「スポーツが平和に貢献できることがある」、というスポーツからの、力強い、積極的な働きかけを意味する。

働きかけはまず、広島から――。

 2014年の流行語大賞のトップ10にも入った「カープ女子」や、大リーグからの巨額オファーを断って古巣へ復帰した黒田博樹投手によって今年さらに注目が集まっていた広島東洋カープ。8月5日と6日をピースナイターと銘打ち、8月6日には特別ユニフォームで戦った。

 赤い帽子には白いハトが飛び、胸にはCARPの代わりにPEACEと文字が入り、背番号は監督・コーチ・選手含めて全員が86番をつけた。そして左袖には15年度までに原爆慰霊碑の石室に納められた原爆死没者名簿の人数「297684」の数字が入った。慰霊の意を表すとともに「8月6日」に対する多くの方々の想いや記憶の歴史を継承し、次世代に引き継ぐきっかけに、という狙いである。

7月6日の球団会見で、平和祈念ユニフォームを披露する前田健太投手。前身頃の「PEACE」の文字の下にも重ねて86の文字が刻まれた。


  広島のエース前田健太選手は大阪出身だが、カープ入団後、毎年平和公園で手を合わせてきたという。「8月6日という日にチーム全員で同じ背番号86のユニフォームを着てプレーできるのは身の引き締まる思いです。広島にとって8月6日はすごく大切な日です。その記憶が薄れてしまうのは悲しいことなので、忘れてはいけないという思いをカープの選手として野球を通じて全国の皆さんに伝えていきたいです」。試合当日登板のなかった前田選手。試合には敗れたものの、全選手同じ気持ちで戦っていたように思う。

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