ペコペコ・サラリーマン哲学

2009年10月10日

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 最近1年ぶりにタクシーに乗ったら、65歳ぐらいの運転手さんがこう話しかけてきました。

 「このごろ政治が面白いですねえ。特に面白いのが亀井静香ですよ。『庶民を救え』なんて、政治家は昔はちっとも言わなかったのに、亀井さんが言い出した。しかも前の首相みたいにブレることがない。近頃はテレビ・新聞・雑誌を見るのが面白いですよ」

 私はあることをいいたかったのですが、最後まで黙っていました。運転手さんが話し終わったのを見て、こう言いました。

 「実は、私は亀井静香君とは高校の同学年なんです」

 そうしたら運転手さんはひっくりかえりそうになって、「それだけで尊敬します」と言って、降りるときに握手までお願いされてしまいました。

 家に帰ると、これまでそんなことに関心を見せたことのない妻が、「亀井さん、毎日テレビ出てるわね」などと言っています。

 どうやら亀井金融大臣は、庶民や高齢者や中小企業の人たちの気持ちをすっかりつかんでいるようなのです。小泉政権以来、冷や飯を食わされた経験が花開いている、とでもいうのでしょうか。「上品であるかどうか」で亀井君を評価する人もいますが、それは主観の問題です。たった3人しかいない国民新党が、308人の民主党よりよっぽど存在感があるのは、ひとえに亀井大臣の発言が目立っているからでしょう。

亀井静香君の経歴

『気持ちよく働く ちょっとした極意』(金児昭著、日本経済新聞出版社)

 亀井君は、広島の修道高校2年の時、定期を買うための通学証明書発行の有料化に反発し、学校側に抗議するためビラ配りをして放校処分になりました。修道高校を中退したのち、上京して、東京都立大泉高校の両角(もろずみ)校長先生の特別の温情があって、大泉高校に編入してきました。そこで私たちと同学年の一人になりました。

 私は、このコラムでも以前紹介した、『気持ちよく働く ちょっとした極意』(日本経済新聞出版社)に書いているように※、亀井君はとても優秀で、同学年450人のなかで、2~5番くらいの成績でした(私は200~250番くらいをうろついていました)。とても頭がよく、そして大変な努力家でした。

※・・・学生時代の夢は高校の英語教師になることだった。高校で同窓だった政治家の亀井静香さんは同期生450人中常に5番以上の成績を収めていた。いつも200番前後だった私は大学受験に2度失敗。「3度目の正直」でようやく合格したが成績はいつもビリだったのではないか。
大学ではメルビルの「白鯨」を教材にした授業についていけず、目標だった文学部英文学科は断念、農学部に進んだ。
――『気持ちよく働く ちょっとした極意』(金児昭著、日本経済新聞出版社)p48

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