安保激変

2016年1月8日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

日本国際問題研究所 主任研究員

1973年生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程満期退学。ヴァンダービルト大学日米関係協力センター客員研究員、岡崎研究所特別研究員等を歴任。専門は日米同盟と海洋安全保障。法政大学非常勤講師及び平和・安全保障研究所・安全保障研究所研究委員を兼務。中公新書より海洋安全保障に関する処女作を出版準備中。

 4年に1度訪れるオリンピックの年は、世界中で重要な選挙が開かれる年でもある。アジアの安全保障に影響を与えるのは、まずアメリカ大統領選挙と台湾の総統選挙だ。加えて、2016年はベトナムで共産党新指導部が選出され、フィリピンでは大統領選挙がある。韓国では総選挙があり、日本では夏の参議院選挙に合わせた衆参ダブル選挙もささやかれ始めている。

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 11月のアメリカ大統領選の結果を現時点で予測することはできない。だが、共和党の候補者選びが混迷を極め、民主党のクリントン候補に有利な環境が整いつつあることは確かだ。クリントン候補は外交ではオバマ政権より現実路線で、国務長官としてオバマ政権のアジア重視政策を主導したことから、中国に対してより強硬な政策を取るとみられている。

 他方、共和党の候補者争いで、不動産王のトランプ氏が「日米安保は不平等条約」や「イスラム教徒の入国を禁止すべき」などと過激な発言を繰り返しても独走に近い状況にあるのは、大統領と議会の鋭い対立で政治が機能不全に陥っていることへの国民の不満を吸収しているからとみられる。誰が大統領選で勝つにせよ、このような国民の不満がアメリカの対外政策に与える影響、そして「イスラム国」問題やイランとサウジアラビアの間で高まる緊張が対アジア政策に与える影響を、日本としては注視する必要がある。

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 1月16日に開かれる台湾の総統選は、野党の民進党候補である蔡英文主席が独走態勢にあり、8年ぶりの政権交代が確実視されている。国民党の馬英九政権は、過去8年にわたって両岸関係の安定と大陸との経済協力の深化を進めてきた。だが、馬政権の下で中国への経済依存が深まる一方、当初公約した経済成長は達成されず、失業率も上がっている。国民党は、独立志向の民進党が政権を取れば中国との関係が悪化すると有権者の不安を煽っている。

 昨年11月には1949年の分断後初めてとなる中台トップ会談が実現し、中国大陸と台湾は不可分であるとする「1つの中国」の原則を口頭で認め合ったとする「1992年コンセンサス」を確認した。この合意は主権問題を曖昧にし、中台間の対話を推進してきたが、民進党はその存在を認めていない。今のところ、蔡主席は現状維持を掲げており、中国を刺激するような発言も控えている。しかし、中国の民進党に対する不信は根深く、民進党内部にも現状打破を目指す勢力がいる。両岸関係は日本の安全保障にも大きな影響をもたらすため、台湾の政権交代の行方に注目する必要がある。

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 東南アジアでは、南シナ海紛争で中国と対立するフィリピンとベトナムで指導者が交代する。まず、1月20日から開かれるベトナムの共産党大会で党書記長ら新指導部が選出される。9年以上その地位にあるズン首相が、チョン書記長に代わって党最高指導者となるかが焦点となっている。新指導部の下で、対外政策の大きな変更はないとみられ、中国とのバランスの取れた関係を続けながらも、日米などとの安全保障協力を深めるだろう。ベトナムは経済も好調で、強大な影響力を持つズン首相が最高指導者となれば、ベトナムの存在感はますます増すと考えられる。

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 5月のフィリピンの大統領選では、汚職撲滅や財政再建を掲げるアキノ現大統領の政策を引き継ぐとするポー上院議員が最有力で、アキノ大統領が後継指名したロハス前自治相と、野党連合の支援を受け、親中派とされるビナイ副大統領との三つどもえの戦いをリードしている。アキノ政権は好調な経済成長を続け、南シナ海問題でも中国を国際仲裁裁判に提訴するなど、成果を残してきた。次の大統領がどのような政策を取るかが、地域の安全保障にも大きな影響力を及ぼすだろう。

 東南アジアでは、昨年末にASEAN共同体が発足し、関税の撤廃など貿易の自由化が進むことで域内の経済成長が加速することに期待が高まっている。これにともない、ASEANの存在感が増していくことも予想される。一方、ASEAN内では、ミャンマーで平和裏に政権交代が実現する見込みだが、タイでは依然として政情不安が続いている。2016年は親中とされるラオスがASEAN議長国で、ASEANを舞台に米中の影響力争いも続きそうだ。日本としては、個々のASEAN加盟国の動向を見極めつつ、ASEAN全体との関係の強化を図るという難しい舵取りが引き続き求められる。

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 韓国では、4月に総選挙がある。朴槿恵政権は非正規雇用を増やす労働改革や内需拡大を目指す規制緩和、歴史教科書の国定化などの政策を推進し、与党セヌリ党の支持率は約40%を維持している。現時点では、野党の分裂により、来る総選挙でもセヌリ党が有利とみられている。一方、朴大統領の任期が2年となりさらなるレイムダック化が懸念される中、昨年末に電撃的にまとめられた日韓の慰安婦問題に関する合意が、総選挙の行方を左右する可能性も指摘されている。セヌリ党は合意を好意的に受け止めているが、野党は日本の法的責任が明確でないことを理由にこれに反対している。世論の賛否は半々だが、仮に日韓合意への反発が強まれば、それが総選挙で与党に不利となり、合意の履行も難しくなるかもしれない。2017年末に予定される大統領選挙を占う上でも、次の総選挙の動向に注意を払う必要がある。

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