海野素央のアイ・ラブ・USA

2016年1月19日

»著者プロフィール
著者
閉じる

海野素央 (うんの・もとお)

明治大学教授、心理学博士

明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08~10年、12~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年及び12年の米大統領選挙においてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。著書に「オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略」(同友館)など多数。

 今回のテーマは、「クリントンVSトランプの地上戦」です。米国の選挙には、テレビ広告やネットを使った空中戦と戸別訪問を中心とした地上戦があります。2012年米大統領選挙においてオバマ陣営は、戸別訪問によって「決めかねている有権者」を説得し、投票所に出向いたり、出向かなかったりする「気まぐれな有権者」に対しては投票に行くように促しました。現在クリントン陣営では、ボランティアの草の根運動員が有権者の家を訪問して、

 「党員集会に行こう(GOTC: Get Out The Caucus) 」

 「投票に行こう(GOTV : Get Out The Vote)」

 という運動を行っています。戸別訪問は、票を獲得するうえで極めて重要な選挙戦略なのです。

 そこで本稿では、今回の大統領選挙におけるクリントン陣営とトランプ陣営の地上戦を、特に戸別訪問に焦点を当てながらエピソードを交えて比較し分析します。

オバマ陣営のデータ購入

 東部ニューハンプシャー州にあるクリントン陣営は、15年4月にオバマ大統領の政策支援をする組織「OFA(オーガナイジング・フォー・アクション)」から、12年米大統領選挙においてオバマ陣営が集めたデータを購入しました。同時に、クリントン陣営は14年米中間選挙でジーン・シャヒーン上院議員(民主党・ニューハンプシャー州)の陣営が得たデータも買い入れました。データには、有権者の氏名、性別、年齢、住所、電話番号、メールアドレス、支持した候補者名、関心のある争点、有権者登録やボランティアの有無など地上戦を制するうえで重要なデータが含まれています。有権者データなしには、効果的な戸別訪問は実施できません。その意味で、有権者データは地上戦における正に「心臓」と言っても過言ではありません。

 クリントン陣営ではデータを購入して以来、ボランティアの草の根運動員が戸別訪問及び電話による支持要請を行い、それを最新のものにしてきました。地上戦におけるデータの量と質の双方において、同陣営は民主党並びに共和党のどの陣営よりも、大きなアドバンテージを持っていることは確かです。

クリントン陣営の戸別訪問

 クリントン陣営の戸別訪問のやり方を紹介しましょう。同陣営では、戸別訪問に参加するボランティアの草の根運動員を対象にトレーニングが行われています。

クリントン候補に「戸別訪問を行ってコミットメントカードを集めてきました」と報告すると、同候補は笑顔で「一緒に写真を撮りましょう」と語った(@アイオワ州デモイン歴史博物館)

 まず、有給のスタッフから戸別訪問についての基本的なルールの説明があります。その中には、「標的となっている有権者を訪問した際、安全を確保するために家の中には入らないこと」があります。ルールには、「玄関のボタンを押す方がドアを叩くよりも、有権者とコンタクトがとれる確率が高い」もあります。「有権者が不在の場合は、クリントン候補の政策をまとめたパンフレットを玄関の前に置くこと」も重要なルールの一つです。というのは、米国の選挙では候補者のパンフレットをポストの中に入れてしまうと、違法になるからです。

 これらに加えて、運動員は標的となっている有権者の分類の仕方についても学習します。ニューハンプシャー州では、回答をした有権者を8段階評価で分類しています。

 「コミットメントカード(約束カード)に署名した」有権者は①

 「口頭でクリントン候補を支持する」と回答した有権者は②

 「クリントン候補に傾いている」有権者は③

 「決めかねている」有権者は④

 「他の候補に傾いている」有権者は⑤

 「他の候補を強く支持している」有権者は⑥

 「予備選挙に出向かない」有権者は⑦

 「共和党候補に投票する」有権者は⑧

 です。さらに、ボランティアの運動員は、トレーニングの中で「拒否」の扱いに関する注意を受けます。運動員の質問に対して有権者が「今、忙しいから」と言って断った場合は、拒否欄ではなく不在欄にマークを記入します。一方、有権者が「誰に投票するかはプライベートな問題なので話さない」と述べた場合は、拒否になります。

 戸別訪問における基本的なルールと分類の仕方の説明が終了すると、コミュニケーションの取り方に移ります。「自分のストーリー(物語)を語れ」がクリントン陣営のコミュニケーションルールです。たとえば、同陣営のボランティアの運動員が教育問題に関心があり、彼の母親が教員であったとします。戸別訪問の際、この運動員は母親の体験に基づいて教育問題の重要性について語ります。トレーニングの中で、同陣営の地域マネジャーが「有権者は運動員の個人的なストーリーについては議論ができない」と説明し、ストーリーテリング(物語を語る)が効果的なコミュニケーションの手法であると述べていました。

 ちなみに、オバマ陣営には説得は議論することではなく、ストーリーテリングを行うことであるという認識がありました。戸別訪問を実施するボランティアの運動員は、標的となっている有権者のストーリーを引き出し積極的に傾聴します。次に、運動員はそれと共通する自分のストーリーを語るのです。有権者と運動員のストーリーが重なったときに、共感が生まれ説得ができるというロジックでした。

 トレーニングの最後は、ロールプレイです。戸別訪問に出発する前に、選対ではロールプレイを行います。ニューハンプシャー州コンコードにあるクリントン選対を例にとってみましょう。そこでは、地域マネジャーがクリントン支持者役、筆者がボランティアの運動員役を演じました。同じ地域マネジャーが決めかねている有権者役を演じ、ボランティアの高校生が運動員役になり、マネジャーを説得するというシナリオもありました。地域マネジャーやボランティアの運動員をまとめるオーガナイザーと呼ばれる有給のスタッフが、それぞれのロールプレイに対してフィードバックを与えます。 

 以上が、クリントン陣営の戸別訪問のトレーニングです。さて、クリントン陣営では、12年米大統領選挙でオバマ陣営が用いたチームモデルを採用しています(図表1)。各選挙区にチームリーダーを置き、その下にデータ入力担当リーダー、戸別訪問や電話による支持要請を通じて有権者に直接コンタクトをとるリーダー(DVC: Direct Voter Contact)、フェイスブックやツイッターなどウェブ上で支持者を獲得し組織化するデジタルリーダーを配置しています。これらのリーダーは、すべてボランティアの草の根運動員です。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る