医学と獣医学の垣根をなくす!
ヒト以外の種から学ぶ医療「汎動物学」


東嶋和子 (とうじま・わこ)  科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

オトナの教養 週末の一冊

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「進化生物学」、「進化医学」という観点から、人類の身体と病気との関係を探求した『人体600万年史』(ダニエル・E・リーバーマン著)を前回(「現代病の遠因は進化との『ミスマッチ』にあり」)、ご紹介した。

 病気を治すために、病気の直接的要因と症状への対処法を考える近代の医学に対し、「進化医学」では、生物の長い進化の過程に病気の遠因を見出そうとする。

 人類が類人猿と分岐した600万年前、すなわち、われわれの遠い祖先が直立二足歩行を始めた瞬間から、新しい行動様式とともに人類が獲得してきた適応構造は、実は生活様式の変化ほどには変わっていない。現在ヒトを悩ませている多くの病気は進化とのミスマッチから生じたものだ、というのがリーバーマンの主張である。

 ならば、「ヒトも動物である」という認識に立つことが、「ミスマッチ病」を理解する始めの一歩になるといえそうだ。

 「沽券にかかわる」といって頑として認めたがらない同輩はいるにせよ、ヒトも動物である。したがって、病気の予防や治療法を動物から学ぶことができる。あるいは、ヒトと動物の病気の共通点から新たな治療法を探ることができる。

 このことは、日頃、飼い猫のセルフケア能力に舌を巻く身としては、当たり前の発想に思える。事実、かつては一人の医者がヒトも動物も診ていた時代があった。ところが、20世紀に入る頃から獣医学とヒトの医学が峻別され、獣医が医師より貶められるような状況が続いてきた。 

医学と獣医学の境界を取り払う

 そこへ、こうした境界を取り払おうとする「ワンヘルス」という動きが生まれた。おりしも、先のような進化生物学、進化医学をはじめ、遺伝子工学、獣医学などでのめざましい成果が相次いで、本書の登場とあいなった。

 本書は、ヒトと動物の病気を一緒に診る「汎動物学」(ズービキティ)という造語を編み出したバーバラとキャスリンという二人の女性――バーバラ・N・ホロウィッツは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校医療センターの心臓専門医で医学部の心臓病学教授。ロサンゼルス動物園の心臓病コンサルタントでもある。キャスリン・バウアーズはジャーナリスト――が協力して執筆した。

 きっかけは、ヒトの心臓病患者を治療してきたバーバラが、動物園の要請で動物の心不全などを診るようになったことだった。

 <ヒトと動物のちがいに惑わされずに、共通の部分に注目していくと、患者や患者がかかっている疾病、また、医者であるというのはどういうことかという点に対してさえ、わたしの見方が変わってきた。「ヒト」と「動物」との境界線がぼやけ出した。当初は落ち着かない気分だった。そして、UCLAでヒトの患者に、またロサンゼルス動物園で動物に行なったあらゆる心臓エコー検査のおなじみの画像には、ヒトと動物の区別なく似かよった部分があると思い至り、その意味するところが突如としてわかるときが来た。>

 二人が調べてみると、ヒトの疾病には、その病気と関わり合いがある動物が必ず見つかった。そこで、「あらゆる種の生物を区別なく扱う、種の壁を越えるアプローチ」であり、獣医学・医学・進化医学を統合する学問として、動物を意味するギリシャ語zoと遍在を意味するラテン語ubiqueをつなげ、「汎動物学」(zoobiquity)という概念を提唱した。ヒトの医学と獣医学の二つの文化を合体させたいという思いをこめたという。

 「汎動物学」では、人類の差し迫った懸案事項を解決するために、動物や、動物を世話する獣医師たちに期待をかける。往々にして目を奪われがちなヒトと動物のわずかな差異はさておき、広範な類似性にこそ着目する。
<「自然環境」のなかで動物たちがいかに生きて、死ぬか、そしていかに病気になり、治っていくかを理解すれば、あらゆる種の動物の健康度を改善できるようになるはずだ。>

 著者の期待は大きい。

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「オトナの教養 週末の一冊」

著者

東嶋和子(とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

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