2024年12月22日(日)

AIはシンギュラリティの夢を見るか?

2016年11月17日

 AOSリーガルテック社が主催した「リーガルテック展 2016」での講演のために来日した、スタンフォード大学や、シンギュラリティ大学で教鞭をとる未来学者ポール・サフォー氏に、AIやシンギュラリティについてインタビューする機会を得ることができた。サフォー氏とは、ちょうど2年前にサンフランシスコを訪れたときに、カメラマンの小平尚典氏の紹介で初めてお会いし、丸一日かけてシリコンバレー周辺を案内してもらって以来になる。

 以下、講演を含めて、彼が話してくれた言葉を読み解いてみる。

ポール・サフォー教授 ©️Naonori Kohira

日本企業へのアドバイス

AIを活用して成長しようとする企業は「イノベーション」ではなく「トランスフォーメーション」に取り組むべきです。これは、他の高度な技術を活用する場合と変わりはありません。イノベーションとは古いゲームをうまくやること、トランスフォーメーションとはゲーム自体を変えることです。大企業は高度な技術を使って、牛が通っていた道を舗装して自動車が通るための道を造るようなこと(イノベーション)ばかりしています。

例えばスマートフォンは、少し前までのスーパーコンピュータに匹敵するものであるにもかかわらず、旧態然とした電話のスタイルを引きずっています。電話のプッシュボタンの画面は、(1967年に発売された)プッシュボタン式電話機のデザインを踏襲しています。当初は0~9の10個のボタンだったが、0の両側にスペースが空いていたので、2つの記号のボタンを追加して4行3列にしました。それを考えた人の名から「#」はオクトソープと呼ばれています。それがそのままスマートフォンの電話の画面のデザインになっているのです。

トランスフォーメーションを行うためには、このような「クレイジーなこと」をおかしいと思う必要があります。常に周囲を見回して、すでに合理的ではなくなってしまったことに気づかなければなりません。

 イノベーションを引き起こした技術革新が連続的なものであるか否かによって、インクリメンタル(連続)とラディカル(不連続)に分類するそれまでのイノベーション分類に対し、クレイトン・クリステンセンは既存の有力企業の事業が存続可能か否かという視点から、そのイノベーションに対応して存続可能なものを持続的イノベーション 、対応が困難で事業の存続が不可能なものを破壊的イノベーションとする独自の軸を加えて、イノベーションを4つの象限に分類している。持続的イノベーションに最適化された組織では破壊的イノベーションを起こすことができず、そのジレンマに陥った組織の事業は、やがて他者によって起こされた破壊的イノベーションによって衰退してしまうと指摘した。

 サフォーのいうトランスフォーメーションは、(ゲームを事業に言い換えれば)破壊的イノベーションに相当する。サフォーは、大企業は、まずAIのような高度な技術(ラディカルな技術革新)によって「すべきこと」を考えなければならないという。確かに「すべきこと」が明確になってからでないと、それができるか否かのジレンマを感じることはない。初めから「できること」だけに取り組んでいる多くの大企業にはジレンマすら存在しないのかもしれない。

 ペイパルやパランティアの共同創業者ピーター・ティールも、偉大な企業は目の前にあるのに誰も気づかない重要な真実の上に築かれるという。誰もが信じている嘘を特定することができれば、その後ろに隠れているもの、すなわち「逆張り(contrarian)の真実」を発見できると。「誰もが信じている嘘」がサフォーのいう「クレイジーなこと」だろう。

 デザインの世界で「経路依存性」や「メタファー」という言葉が使われることがある。「経路依存性」とは、物事において、その歴史的経緯はとても重要であるという、元々は経済学の世界における概念だが、デザインに関しては、機械式タイプライターのときに(ある意味があって)使われていたキーボードの配列が、それが無意味となったパソコンでも同じように使われている理由を説明するときなどに使われる。「メタファー」は、ある抽象的な物事を他の具体的な物事で伝えることをいう。パソコンの画面の「ゴミ箱」のアイコンを見れば、それが「そこに何かを捨てる」ということを意味することがわかる。

 スマートフォンのプッシュボタンの画面は「経路依存性」と「メタファー」の両方の意味を持っている。それは、これまでユーザーインターフェースのデザインとして否定されるものではなかった。しかしサフォーは、AIのような高度な技術を活用してトランスフォーメーションを行うには、そのように、あたり前と思っていることを疑ってかからなければならないと言っている。


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