チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年4月7日

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有本 香 (ありもと・かおり)

ジャーナリスト

企画会社経営。東京外国語大学卒業後、雑誌編集長を経て独立。近年とくに中国の民族問題の取材に注力している。『中国はチベットからパンダを盗んだ』(講談社)『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』(祥伝社)の他、近著に『中国の「日本買収」計画』(WAC BUNKO)がある。

 それにしてもかの国では、人一人の「生き死に」のなんと軽きことか。ましてや人権をや、である。実質的には史上初といっていいだろうが、今週、中国大連で、麻薬密輸の罪に問われた日本人の死刑が執行された。他方、先週、2年がかりでの「容疑者逮捕」の報があった毒ギョーザ事件の件とあわせ、あらためて冒頭に述べた思いを強くする。

 ここで死刑の是非を議論するつもりは毛頭ない。また、「人の命は地球より重い」などという空虚な文句をもち出すつもりもない。中国での人命軽視の実態や、そうしたことが起こる背景については、昨年上梓した拙著『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』の中で、毒ギョーザ事件にも触れながら詳しく書いた。そこで今回は、「日本人の死刑執行」と「毒ギョーザ」の2つの事件から、かの国とそれに相対するわが国を見つめ直してみたい。

中国の死刑を日本の死刑と比較して論じる愚

 死刑が執行された日、日本のマスメディアは死刑執行の事実とあわせ、このことに対する中国の一般市民の「反応」を伝えていた。テレビカメラの前でほぼ全員が「死刑は当然」ときっぱり言い放った。これは当然に予想できた反応である。

 むしろ釈然としないことは、一体なぜ日本のテレビメディア各局が揃って「中国一般市民の反応」を伝えたか? である。そして、このあとに続く「解説」もまた揃って全局同じ。「アヘン戦争という屈辱の歴史を経験した中国では、麻薬は民族を滅亡に導くものと考えられ、とくに厳罰が科される」という話だ。

 この各局「みんな揃って」のテレビ報道が伝えたいことは概ね次のような点であっただろう。
(1)一党独裁国、中国の死刑制度と刑法、司法の現状
(2)日中両国民の「死刑」あるいは「人命」に対する考え方の違い
(3)中国で麻薬犯罪に厳罰が科されるのには「歴史」的背景が左右している。

_これらはいずれも一見(聞)しただけなら、「なるほど」とうなずくかもしれない事柄だ。しかし少し深く考えると、いずれにも釈然としない感じが残る。

 まず、わが国で死刑廃止論が取り沙汰される昨今だからといって、中国での「死刑」をその関連テーマであるかのように扱うのは筋違いだ。日本や先進諸外国の年間の死刑執行数と中国のそれを比べるのも無意味である。なぜなら、独裁国では、今日でも死刑が「処刑」となり得、「私刑」となり得るからだ。そして中国では、死刑そのものよりもむしろ人一人が死刑に至る過程のほうが大問題であるからだ。

 たとえば今回の「日本人麻薬密輸犯」への死刑執行は、正当な裁きを受けた結果といえるのだろうか? 日本のマスコミ報道でもそうした問いの声は高くない。最も重要と思われるその部分に触れないまま、「中国で麻薬取引がこれほどの厳罰なら、旅行者の皆さんも注意しなければなりませんね」というレベルの話に落としていたテレビコメンテイターがいたのにはもはや苦笑するしかなかった。

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