世界の記述

2017年6月5日

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水谷竹秀 (みずたに・たけひで)

ノンフィクションライター

1975年三重県桑名市生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業、カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『脱出老人』(小学館)。

 マニラ首都圏を南北に縦断する円借款事業「メガマニラ圏地下鉄計画」について、安倍晋三首相は今年11月、ドゥテルテ大統領と資金援助に関する合意文書に調印する。事業実施機関の運輸通信省、トゥガデ長官が4月半ばに明らかにした。この事業計画は「ドゥテルテノミクス」と呼ばれる経済政策の目玉で、同長官は「インフラ黄金時代の到来だ」と意気込んでいる。

 事業可能性調査を実施中の国際協力機構(JICA)によると、事業は2019年に着工し、25年に開業する見通し。事業費は少なくとも5000億円に上る。首都圏北部のケソン市から南部のタギッグ市までの約25キロを結び、1日当たり数十万人の乗客を運ぶ計画だ。その区間に設置される駅数は13~15を想定している。

 マニラ首都圏の人口は1990年に790万人だったが、20年後の2010年には約1200万人へと膨れ上がり、人口過密化が進んで車も増えた。渋滞が引き起こす経済的損失は1日当たり24億ペソ(約50億円)と推計され、フィリピンの国際競争力を著しく低下させる要因となってきた。歴代政権は高架鉄道の延伸事業や車両規制などの渋滞緩和策を次々に打ち出してきたが、人口増の勢いに追いつくことができず、目に見えた効果は出なかった。

マニラでは、多額の経済損失をもたらす交通渋滞が深刻化している。
(写真・BLOOMBERG/GETTYIMAGES)

 マニラの渋滞問題は、東南アジア域内ではタイのバンコク、インドネシアのジャカルタと並んで深刻化している。バンコクでは04年に地下鉄が開業し、ジャカルタでは現在、円借款で地下鉄建設工事が進められているため、後発のフィリピンが今回、ようやく重い腰を上げた形だ。

 ただし、決して楽観視はできない。フィリピン国内におけるインフラ事業はこれまで、関係省庁による手続きの複雑さや汚職などが理由で円滑に進まなかった多数の前例がある。関係者はこうも指摘する。

 「フィリピンでは政権交代によって方針が一新されるため、前政権の事業が適切に踏襲されず、遅延につながることも多かった」

 円借款ではないが、竹中工務店が施工主となったマニラ空港第3ターミナル事業では、所有権をめぐる法廷闘争が泥沼化し、政権をまたいだことも影響したため、工事が進捗率98%のところで5年以上も開業できないという異常事態が発生した。フィリピンのインフラ史上最大の汚点といっても過言ではなく、投資を検討する日系企業にとっても懸案事項だった。

 「ただし今回の地下鉄事業は、渋滞解消が国の最重要政策と位置づけられる中で実施されるため、政治的要因による事業遅延のリスクは軽減されるのではないか」(前出の関係者)

 政権発足後、麻薬撲滅戦争ばかりが注目されてきたドゥテルテ大統領。汚職撲滅も公約に掲げるその政治手腕と指導力が今後、経済政策に反映されるのか否かは喫緊の課題だ。

  
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◆Wedge2017年6月号より

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