2024年4月16日(火)

東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年7月30日

 いや、意図的じゃないです。めんどくさいんですよ、とにかく。

 レコードからCDになったときも、なんで変えないといけないんだ、みたいな気持ちがあって。けっきょくレコードはどんどんなくなっていっちゃうし、じゃあしょうがないからCDにしようかって切り替えたら、たしかにこっちのほうがいいよねって思った。小さいし、音もいいし、飛ばないし。

 でも、昔から新しいのに飛びつきたいって気持ちが、まずあんまりなかったですね。

浜野 それは批判的に見てたっていうわけじゃなく?

 多少あるかもしれないですね。なんでそっちにいかないといけないんだよっていう。
流行に合わせないといけないっていうのは、自分の意思じゃなかったりするわけですし。

浜野 僕、原さんと道具のことでいちばん印象に残ってるのは、誰かと一緒にしゃべってるとき、「野菜の皮むき器って便利だよね」て言ったら、原さんが「包丁でいいんだ、潔くないんだ」って言った。

 道具を増やしてしまうということ自体、原さんはそんなふうに思ってるんだって感じた。

 そういうところ、すごく映画によく出てる。シンプルに生きていけるんだったら、そっちのほうがいいやっていう。

 うん、シンプルがいいですね。よけいなものは要らないと、ずっと思って生きたいですけどね、これからも。

浜野 それはどうしてそう思ったの。

 きっかけがあったわけじゃないんですよね。ずっとそんな感じでしたよ、子供のころから。

浜野 そんな子供、いる? やっぱり何か欲しいとか、思うじゃない。

リュック1つで生きていけるんだ

 ああ、子供のときは、あれが欲しい、これも、とかはありましたけど。

 大人になってから、東南アジアをひとりで旅行してた時期があって、そこから帰ってきてから、よけいそう思うようになった気がしていますね。

 リュック1つで毎日生活してたんで、それでも生きていけるんだよな、よけいなものは何も要らないって思った。

 その旅行から戻ってきて、なるべくよけいなものは身の回りに置きたくないなって、強く思うようになりましたね。

「原監督の生き方には影響を受けた」と、浜野保樹教授

浜野 それ、すごくだいじで。

 僕、人生のなかでお付き合いさせてもらった人の中で、『緋牡丹博徒』シリーズ撮った加藤泰監督とか、影響受けた人がいるけど、最近だと、原さんにいちばん影響を受けた。モノにこだわらない生き方をしたい、と。

 原さんの人生って、ストレートじゃなかったでしょう。そのことがすごく原さんの映画にも出ててね、まず高校からして、望む高校に入れなかったし、小さい頃先生には「死んだ魚の眼をしてる」なんて言われたりさ(笑)。

 小学校のときですよ。ひどいですよね(笑)。


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