<立ち読み>
武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」
この一文が有名な『葉隠』は、江戸時代中期の佐賀の鍋島藩士で、のちに出家した山本常朝が、武士としての心得を語ったものです。
三島由紀夫が心酔し、入門書を書いていることでも有名ですが、今回私が『葉隠』に注目したのは、この本が「勤め人としての心意気」を懇切丁寧にアドバイスしている点でした。
現代人の多くは、どこかの組織に所属して働き、気の進まぬ仕事も引き受けなければなりません。いやだからといって、辞めるわけにもいきません。
辞めてフリーランスになったとしても、それはそれで新たな人間関係を作り、いっそう気を使って生きなければなりません。現代人のこのような生き方は、武士道の精神から学ぶべきところが多くあります。
「武士道」というといかにも勇猛果敢な感じがしますが、『葉隠』に書かれていることのほとんどは、「この世にどのように処していくのか」という処世訓です。
しかも、酒の飲み方、人とのつきあい方、手紙の書き方、仕事の仕方といった具体的で親切なアドバイスに満ちているのです。(中略)
緊張感がある社会で生き抜いていく処世術を、『葉隠』は教えてくれます。単に処世術を教えてくれる本とは違って、「死ぬ覚悟によって生きる覚悟を新たにする」という究極の実存主義が、この本の軸にあります。魂の熱さが流れているからこそ、古典としての魅力を失っていません。
武士がさらされているストレスは、私たちが日々感じているストレスとは違うものですが、ここから学ぶことは多くあります。ぜひ、本書を通して武士の処世術や心意気にふれてみてください。
──「はじめに」より
<目次>
はじめに──武士道に、勤め人としての心意気を学ぶ
第一章 心地よく生きる術
・直感を信じろ
大事の思案は軽くすべし。(聞書第一、四六)
・孤独力
四十二にて出家いたし、思へば短き在世にて候。十四年安楽に暮し候事不思議の仕合せなり。(聞書第一、三七)
・淡々と役割を演じる
世界は皆からくり人形なり。(聞書第一、四二)など
第二章 大人としてのたしなみ
・智・仁・勇を持て!
内には智仁勇を備ふる事なり。(聞書第二、七)
・お金も気持ちも体験も出し惜しみしない
始末心これある者は義理欠き申し候。義理なき者はすくたれなり。(聞書第一、六三)
・あくびもくしゃみもコントロールできる
人中にて欠伸仕り候事、不嗜なることにて候。計らず欠伸出で候時は、ひたひ撫で上げ候へば止み申し候。くさみも同然にて候。(聞書第一、一七) など
第三章 勝つための仕事術
・仕事は断るな
役断り、引き取りなどする事は、御譜代相伝の身として、主君を後になし、逆心同然なり。(聞書第一、一五八)
・他人のためにどこまで動けるか
身心を擲ち、一向に嘆き奉るばかりなり。(聞書第一、三)
・辞めるのは次を決めてから
帰り新参などは、さても鈍になりたると見ゆる位がよし。しっかりと落ち着いて動かぬ位があるなり。(聞書第二、六四) など
第四章 リーダーの条件
・ほめて育てる
若き者には、少々の事にても、武士の仕業を調へ候時は、褒め候て気を付け、勇み進み候様仕る為にてあるべく候。(聞書第一、一六)
・正しい評価の仕方
御鷹師何某は、用に立つ者に候や。「何の役にも立ち申さず候へども、御鷹一通は無類の上手にて候」「御鷹一通は無類の上手に候へども、不行跡者にて何の役にも立ち申さず」(聞書第四、一二)
・トラブルなくクビにする方法
召使の者に不行跡の者あれば、一年のうち、何となく召し使ひ、暮になり候てより無事に暇を呉れ申し候。(聞書第一、九六) など
第五章 人づきあいの極意
・「知らない」とは言わない
終に知らぬ事ながら存ぜずと云はれず、漸く間に合はせ候。(聞書第五、三四)
・会ったときはなごやかに
心に叶はぬ事ありとも、出会う度毎に会釈よく、他事なく、幾度にても飽かぬ様に、心をつけて取り合ふべし。(聞書第一、一六四)
・口論の心得
口論の時心持の事 随分尤もと折れて見せ、向ふに詞を儘くさせ、勝に乗って過言をする時、弱みを見て取って返し、思ふ程云ふべし。(聞書第十一、一〇) など
おわりに──五パーセントの武士道精神が、人を強くする