チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年8月4日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 ついに7月末、金賢姫元死刑囚が来日し、数日間日本のメディアを賑わした。かねてから民主党政権が金元死刑囚の来日に積極であることは広く伝わっていて、関係者の間では、わざわざ呼び寄せるほどの成果があるのかどうか、疑問視する声が絶えなかった。

VIP待遇だった金元死刑囚
喜んだのは誰?

 結果、案の定期待された“新情報”なるものが金元死刑囚の口から飛び出すことはなかった。期待を煽ったその分だけエネルギーの持って行き場を失ったメディアは、やれ「特別待遇」だの「公費の無駄遣いだ」と一斉に攻撃に転じる後味の悪い幕切れとなった。

 「政権浮揚のイベントにしたかったのでしょうが、それさえ何も効果がなかった。おためごかしもたいがいにしろっていう話ですよ」

 と外務省の元職員は吐き捨てる。

 「逮捕状を出していた相手をVIP待遇で出迎えるという前例をつくったことで、喜んだのは同じように逮捕状が出ていて帰国を望んでいる『よど号』乗っ取り犯メンバーだけだったんじゃないですか」

限界露呈した日本外交

 こと拉致問題に関して金元死刑囚の証言に何も期待できないことなど分かり切っていたはずだ。それなのにこんな茶番を強行しなければならなかった現実は、すなわち日本外交の限界の露呈でもある。拉致問題で勇ましい発言をし、派手なパフォーマンスで人気取りに走るだけの政治家は、地道な外交努力など何もしてこなかったのだから当然の帰結といえよう。

 拉致問題とは、本来、深刻な人権問題であるはずなのに政争の具とすることに熱心で当事者能力もない日本には世界の目も冷淡だ。

 実際、今回の金元死刑囚の来日も中国ではほとんど話題にさえなっていない。

 中国の外交関係者が語る。

 「金賢姫のニュース? いや、ほとんどないですね。新浪網で少し書き込みがあったくらいじゃないですか。まあ、少なくとも話題にはなっていませんよ」

 そもそも中国メディアは北朝鮮報道に関しては異常なほど慎重で量も少ない。それに加えて、この時期にはもう一つ別の要素も加わっていたという。

 「実は、いまの中国外交のキーマンとされる胡正躍外務次官補がちょうど同じ時期に北朝鮮を訪れていたのです。昨年の中朝友好年の往来から、中国は確実に北朝鮮との距離を縮め、自らの経済圏に取り込むことにも自信を持ち始めています」

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