定年バックパッカー海外放浪記

2017年9月10日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2016.6.18.~9.14 89日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

爽やかな韓国の熟年バックパッカー

 6月29日。夕刻シムラーの宿泊先であるYMCAに戻ると石造りのゲートでこれからどこかに出かけようとする東洋人の紳士と遭遇。彼は韓国人退職者でイ・スンギと名乗った。

マナリーの由緒あるYMCA、格式も高いが値段も高い

 ソウル在住。1カ月の予定で北インドを周遊してきたという。ソウルからインド最北端のラダック地方に入り、それから南下してマナリー経由でシムラーに来た。これからリシュケシを経てデリーから帰国するというルートであった。

 ラダックからマナリーへは5000m超の峠を越える難所があるが高山病で頭痛、吐き気に襲われたが、薬は飲まずに我慢したと苦笑い。残念ながら立ち話程度しかできなかったが印象に残る爽やかなお人柄であった。韓国人の同年代のバックパッカーにはときたま遭遇するが、同じ価値観を共有していると感じる御仁が多いように思われる。

 数年前にホーチミンのビアホールで偶然テーブルが一緒になった紳士はソウルの大学で会計学を教えているという公認会計士であった。またサンチアゴ巡礼の旅では敬愛するべき高級官僚のアレックス氏(『いつまでガールフレンド? 欧米と日本の恋愛ギャップ』)に遭遇。彼らと話していると儒教的礼節や謙譲の精神、仕事や組織への献身、家族愛など共通の価値観を感じる。

 他方で歴史認識や慰安婦問題を巡り韓国政府やメディアの不可解な言説を聞くにつけ、こうした良識派知識人と冷静に何が本質的問題なのかじっくりと語り合いたいと思う。自分の勇気、知識、語学力、そしてなにより人間性が試されることであろう。

サラハンの宿坊は1泊70ルピー(=130円)

小雨に煙るサラハンの古刹ビーマカーリー寺院

 6月30日。英国統治時代からの避暑地シムラーを9時半にローカルバスは出発。4時頃にデュリで小型のバスに乗り換え急峻なつづら折りの山道を登ってゆく。午後5時に山間にある標高2000mを超える古都サラハンに到着。

 数百年の歴史を誇る木造4階建てのビーマカーリー寺院というヒンズー教の宿坊にチェックイン。1人部屋は350ルピーと安い。しかし大部屋は1泊なんと70ルピーというので迷わず大部屋に。

ビーマカーリー寺院の門前町

 避暑をかねてお寺参りする信者で宿坊の家族部屋や2人部屋は満室である。サラハンは数百年前にはこの地域を治めた王国の都であったというが現在では寺院の門前にお店や宿屋が30軒くらい並んでいるだけの小さな村である。インド独立以前まで一帯を支配していたという藩王のパレスと呼ばれる館が寺院の近くに構えている。

ビーマカーリ寺院の全景

サラハンの田舎酒場

藩王のパレス。現在もマハラジャの子孫が暮らす。 インドの独立前までこの地方を治めていた

 のどかな村を散歩して門前の土産物屋や食堂などをのぞきながらブラブラしていると安宿の階下が酒場になっているのを発見。中に入りテーブルの椅子に腰かけて様子を見ていると村人が次々と空き瓶を持って地酒を買いに来る。呑兵衛の爺さんが汚いテーブルでコップ酒を呷っている。カウンターのおっさんは忙しそうである。取り敢えず国産ウイスキーを一本買ってチビチビやってみた。

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