安保激変

2017年9月14日

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辰巳由紀 (たつみ・ゆき)

スティムソン・センター日本部長

キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。東京生まれ。国際基督教大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院で修士号取得。在米日本大使館専門調査員、戦略国際問題研究所(CSIS)研究員などを経て2008年より現職。2012年よりキヤノングローバル戦略研究所主任研究員を兼任。専門は日本の防衛政策、日本の国内政治、日米安全保障関係、米国の対アジア安全保障政策。

制裁決議が採択されたが……

 では、もう一つのタブー、「北朝鮮を核保有国として認めたうえで北朝鮮が持ちえる核兵器の上限について厳しく遵守しているかどうかを見る」というオプションはどうか。これも国際社会に対して悪しき前例を作るものだ。

 というのも、「北朝鮮を核保有国として認めたうえで、彼らの能力に上限を課すことに外交努力を傾注させる」という政策は、1992年に北朝鮮が核不拡散条約(NPT)脱退を宣言して以来、米国はもちろん、国際社会が目指してきた「北朝鮮の核プログラム廃棄」という目標、特にブッシュ政権以来、米国が一貫して主張してきた「包括的、検証可能かつ不可逆的な放棄(CVID)」という目標を放棄することを意味するからだ。このような結果は、これまで国際社会が一貫して取り組んできた核軍縮・不拡散体制にとって極めて大きなダメージとなる。

 また、ニッキー・ヘイリー国連大使が9月4日の国連安保理緊急会合で発言したように、核保有国には、非核保有国を核兵器で攻撃しない、核をつかった他国に対する恫喝は行わない、核兵器のこれ以上の拡散を防ぐ、などの責任があるが、北朝鮮が「責任ある核保有国」として国際社会で振る舞う可能性は極めて低い。つまり、北朝鮮の核保有をなし崩し的に認めてしまえば、国際社会にとって重大な脅威になる。

 さらに、北朝鮮を核保有国として認めるという劇的な方針転換を図ることは、アメリカの抑止力が効果がなかった証左になってしまう。これは、日本、韓国といった北東アジアだけでなく、世界中のアメリカの同盟国の間で、アメリカとの同盟に対する信頼感を根本から揺るがしかねない事態を招いてしまう。

 つまり、「過去25年間、アメリカは北朝鮮に金を脅し取られてきた」と批判してきたトランプ政権だが、いざ自分達が当事者になってみると、取り得る選択肢の幅は驚くほど狭いのが現実なのだ。

 それでも、トランプ政権は無策のまま時が過ぎるのを良しとはしない。ヘイリー国連大使は、9月4日の安保理緊急会合で「もう十分だ(enough is enough)」と述べ、対北朝鮮石油禁輸など、今まで以上に厳しい内容の制裁を国連加盟各国に求める安保理決議の採択を呼びかけた。中国、ロシアとの緊迫したやりとりの末、9月11日に国連安保理で北朝鮮が輸入できる石油量の上限を厳しく設定するなどを盛り込んだ制裁決議が全会一致で採択されたが、ロシアと中国が採択された決議を順守することを優先させた結果、原油全面禁輸や金正恩氏の海外遺産の凍結など、金正恩氏本人にダメージを与えるような内容の経済制裁は見送られた内容のもので、既に米メディアでは「薄められた(watered down)決議」(9月11日付けニューヨーク・タイムズ紙電子版)と形容され、その効果については懐疑的なトーンで報道されている。とはいうものの、当面は、この決議を特に中国とロシアがまじめに履行するかを見守ることで時間を稼ぎつつ、次の手を考える、というのが現在のトランプ政権が持つ唯一の現実的な選択肢であろう。

  
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