チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年9月28日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 9月24日、尖閣諸島沖の衝突事件で身柄を拘束されていた漁船の船長が突如釈放されることとなった。「あくまで地検の判断」としながら、誰が見ても政治決断という結末に国内からは「弱腰外交」との批判が噴出した。

 無理もない反応だが、そうした事情を踏まえても私は、あえて船長釈放は結果オーライだったと考えている。

勇ましい言葉を言うのは自由だが……

 理由はいくつかあるが、最も重要なことは日本も中国もこれ以上の緊張の高まりを想定していないと考えられたことだ。「中国の圧力に屈するな」と勇ましい言葉を言うのは自由だが、国際社会でそれを実現するためには力が不可欠だ。単に軍事力というだけではなく準備や国民の意思が必要だ。そして日本には何が何でも島を死守するというコンセンサスも、それに向けた準備も欠落していた。昨年末、『平成海防論』を世に問い、海の危機を訴えてきた私にとっては残念でならない。

 今回の危機を、もし日中の互いの政府がコントロールできないまま高めて行った場合、その先には最悪の事態も十分予測できた。その理由は後に述べるが、そうなったとき日本は本当に武力を使って対抗するという決断ができただろうか。もしできなければ最悪のケースでは、日本が現状で維持している実効支配さえ危うくしたかもしれないのだ。

 外交的な勝利を得るためには、(対立を)どこまで高めるのか、またどの段階で収めるのか、といった計画性と同時に、争いを通じて何を得るのかをはっきりさせた上で慎重に仕掛けなければならない。その意味で今回の事件は、あまりにも突発的な要素が強過ぎる。さらに気になるのが、現状、国民感情の問題が最も前面に出ていることだ。外交はもとより感情を満足させるためにあるものではない。冷静に国益を追求するためのものだ。

弱腰外交を詰る前に日本がなすべきこと

 日本が直ちに取り組まなければならないのは、弱腰外交を詰ることではない。尖閣諸島の実効支配をいかに強めるのか――例えば島の国有化や陸上自衛隊の駐屯、もしくは民間人の定住――である。しかもいかに中国の干渉を招かないような形で進められるのか、その対策を講じることだ。そのためには主権と商業的な利益を分けて現実とすり合わせる――例えば自民党政権末期に日本と台湾の間で進んでいた漁業分野での話し合いなどのような――ことも考える時期に来ているのかもしれない。

 また短期的な問題で見れば、今回の事件で最もダメージを受けたのは恐らく海上保安庁だろう。これまでも彼らは政治の怠慢のため現場海域で政治判断を迫られ、迷いの中で漁船と向かい合ってきた。それが事件により、さらに難しい対応を迫られることとなる。離島防衛のために進められてきた陸上自衛隊の与那国島駐屯計画や離島の国有化も進めにくくなった。その意味では、大挙して漁船が領海侵犯するという短期的な対策と同時に外堀を埋めて行く長期的戦略の両側を再構築していくことが急務となった。日本国民の精神的なダメージなどより、こちらの方が百倍重要だろう。この視点で見たとき、日中の緊張が一時的にクールダウンするこの機会こそ日本にとっての追い風だ。

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