2024年4月26日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年9月28日

 尖閣諸島問題では、日本は一貫して「領土問題はない」としてきた。しかし、だからといって日本の立場を相手に説明することを怠って良いはずはない。今回の事件を通して改めて感じたのは、中国人の多くがこの問題で一方的な被害者意識をもっていたことだ。紙幅の都合で日本の尖閣諸島領有の正当性には触れないが、日本人にとっては実に迷惑な話だ。これは日中関係が比較的落ち着いているときにこそ、きちんと戦略を持って広めておかなければならない。

日本の「粛々と国内法に従って」
を理解できない中国人

 そしてもう一つ、今回の事件を通じて見えた問題は、日中間に共通語が存在しないことだ。例えば日本が繰り返した「粛々と国内法に従って」という言葉だ。これは官民を問わず中国人にはまったく意味が理解できなかったに違いない。というのも、一般の中国人は権力が法律に縛られるという現実を知らない。あるのは、常に権力が法律を無視する人治の世界だ。つまり、政治が決断すれば釈放など簡単にできるものだと考えているのだ。また官の方はかつての万景峰(マンギョンボン)号問題や2004年の反日活動家の逮捕時を例に、超法規的な措置は、日本だってその気になればできるはずだとの考えだ。

 だから日本人が「粛々」と言っても、それは中国人には「嫌がらせを続けるための方便」としか聞こえなかったのだ。法治国家を体験的に知らない中国との間に共通語が存在しないが故の問題だ。日本が国内法を適用したのは、手続き上当たり前であっても相手を怒らせるのは本意でなかったはずだ。無意味な摩擦を避ける意味でも、こうした文化ギャップを日ごろから埋めて行く努力は、戦略的にしていかなければならないことだろう。

“貧乏くじ”を引きたくないのが共産党幹部の本音

 さらに明らかになったのは、日中間には危機に際してのホットラインがないという問題だ。こうした状況下で、チキンレースのように危機を高めて行くのは得策ではない。これは自民党から民主党へと政権交代が起きたからというだけの理由ではない。そもそも日中が解決策を探る過程というのは双方が何らかの妥協をすることにある。つまり交渉を成立させようとすれば妥協案を示さなくてはならず、それをすることは母国の民意から激しく攻撃されることを覚悟しなければならない。こんな損な役回りをしたがるものはいない。必然的に日中のパイプ役がいなくなるという環境ができてしまっているのだ。少なくとも本音を伝えあえる裏交渉の場での内容が、絶対に外部に漏れることのないようなチャネルが不可欠だが、国民の熱狂という干渉を受けやすい不安定政権では、それも難しいのだろう。

 とくに中国の場合は、日本が考えている以上に共産党支配は盤石ではなく、その分、民意の要求に抗しきれないことが想定される。それがたとえ理不尽な要求であっても、共産党は応えなければ政権の座から引き下ろされるような動きが国内で本格化しかねないからだ。

中共は尖閣諸島の日本の実効支配を認めている

 実際、この事件を巡って起こった民意には当初から強烈な政府批判が含まれていた。日本大使館に向かったデモが、すぐさま外交部に向かったのもその一例だが、注目すべきは国際情報紙が「力を付けた中国は、もう日本に遠慮することはない」と武力で尖閣諸島を取ることを煽るような記事を掲載したことだ。一連の事件報道でメディアは一様に扇動的だったが、これは民意がそこにあるとにらんだが故の反応だと考えるべきだ。ネットにあふれた「軍艦の派遣」とまではいかないまでも強引な方法で日本の実効支配を崩すことを「是」とする明確な方向がそこにはあったのだ。


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