補講 北朝鮮入門

2017年10月18日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、前ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15年5月から論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著『LIVE講義 北朝鮮入門』(10年、東洋経済新報社)を大幅に改訂した『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社)を17年1月に刊行予定。

イラク戦争の5倍の爆撃が必要に

 米国の雑誌「アトランティック・マンスリー」が、米国防総省やCIA、国務省の元高官といった専門家に依頼して2005年に行ったシミュレーション「North Korea: The War Game」もある。専門家による討議の結果をまとめたもので具体的な数字の根拠が示されているわけではないが、参考にはなるだろう。この時点で最も問題視されていたのは、北朝鮮からテロリストへの核兵器や核物質の「移転」だった。

 激しい議論となったのが、ソウルの被る被害だ。国防総省傘下の国防大学で軍事模擬演習を専門としてきたサム・ガーディナー大佐は、「ソウルを保護するためには最初の数日が非常に重要だ」と説明した。ソウルを守るためには、北朝鮮の化学兵器、ミサイル関連施設、核兵器関連施設を北朝鮮側が使おうとする前に攻撃しなければならない。そのため初日には、イラク戦争の5倍となる4000回の爆撃出撃(1機が出撃に出て戻るのを「1回」と数える)が必要になるという。

 これには元国務省幹部が「少なくとも最初の24時間、おそらく48時間はソウルを守ることはできない」と反論。割って入った退役空軍中将が「ソウルを『守る』ことと、ソウルが被る被害を『抑える』ことは違う。多くの人が死ぬが、それでも勝利する」と指摘し、ソウルでの死者を「10万人か、それより少ない」人数に抑えられるという見通しを示した。

 1日4000回の爆撃出撃を行うと仮定し、ソウル攻撃の主力となる北朝鮮軍の長射程砲が最前線地帯に集中しているという事実や米軍の爆撃力を勘案すれば、ソウルでの人的被害を減じられるという主張だ。同誌は「ソウルは保護されると保証できないというのがコンセンサスとなった」とまとめるとともに、初期の韓国側死者を10万人に抑えられるという意見も出たと記した。

 これは、北朝鮮による最初の核実験の前年に行われたシミュレーションだ。通常兵器に関しても、この約10年後に配備が始まった300ミリ多連装ロケット砲は射程が200kmあるので、必ずしも最前線に集中配備する必要はない。米軍側には不利な要素である。

「アメリカ・ファースト」への疑念

 最後に英国の王立防衛安全保障研究所が今年9月末に発表した報告書「Preparing for War in Korea」だ。「戦争が現実に起きる可能性がある」と懸念する報告書は、戦争が起きた場合には甚大な人的被害が出るとともに、世界経済にも大きな影響を及ぼすという見通しを示した。

 韓国はいまや世界11位の経済だ。韓国メーカーの半導体や液晶は世界中に供給されており、サムスン電子の有機EL液晶がなければiPhone Xの生産もままならない。韓国の産業が被害を受ければ、サプライチェーンに与える影響は計り知れないのである。

 北東アジアの安全保障環境に与える影響も大きい。ソウルで予想される被害の大きさを考えれば当然だろうが、韓国の文在寅政権は先制攻撃には明確に反対している(保守派政権だったとしても賛成はできないだろう)。この点について報告書は「韓国の同意を取り付けないまま米国が先制攻撃に踏み切るなら、『ソウルを犠牲にしてニューヨークを守る』という意思の表明だと受け取られる。それは戦後処理の過程で、(在韓米軍撤退を求める)中国の圧力とあいまって、在韓米軍が撤退せざるをえない状況を生む可能性を高める」という見解を示した。

 報告書は同時に「地域の同盟諸国への破壊的な攻撃をもたらしうるとしても、予見しうる将来の脅威から米国を防衛するため北朝鮮を攻撃するという決定はアメリカ・ファーストの最も顕著なデモンストレーションになるだろう」と述べた。

 この文章での同盟国は、単数ではなく複数である。そして、北東アジアにおける米国の同盟国は日本と韓国しかない。米国の先制攻撃によって日本に被害が及んだ場合には、日米同盟も大きな試練にさらされることになるはずだ。

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