定年バックパッカー海外放浪記

2017年10月22日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2016.6.18.~9.14 89日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

イスラエルの“青年はインドをめざす”

 7月13日。インド最古のチベット仏教僧院のあるタボのバス停で次の目的地であるスピティー渓谷の要衝の町カザへ行くバスを待っていた。定刻8:30になっても誰もいない。少々不安になってくると2人の欧米系女子が現れた。

北インドの交通手段は路線バスと乗合ジープ

 2人はイスラエル人であった。イスラエルでは兵役義務があり高校卒業後に男子3年、女子2年軍務に就く。一人は1998年にモスクワより一族でイスラエルに移住。現在21歳であるから2歳で移住してきたことになる。彼女の家族の日常会話はロシア語であるが全員が公用語であるヘブライ語を理解できるという。新規移住者のユダヤ人に対して国家がヘブライ語学習を支援するので数年のうちに全員がヘブライ語での会話ができるようになるそうだ。

マナリーからレーへマイクロバスで17時間の移動。      乗客9人は多国籍、オジサンの後ろのカップルはイスラエル人

 もう一人はアルゼンチン系の父親とベルギー系の母親の間に生まれたイスラエルでは三世(third generation)という。

 インドの観光地ではイスラエル料理を提供しているレストランが多い。デリー、リシュケシ、シムラーなどでは“イスラエル料理あります”という看板を頻繁に見かける。なぜイスラエル料理がインドで普及しているのか不思議であったので二人に聞いたところ「兵役を終えたほとんどの若者たちは長期旅行に出かけるが最初の訪問地として大半がインドを目指すからインドではイスラエル人旅行者がすごく多い」とのことであった。

 ではなぜ兵役を終えたイスラエルの青年はインドをめざすのだろうか。この後の旅でその答えを知ることになる。

“踊るマハラジャ”的インド式ミュージカル

 タボのバス停で一時間待ってもローカルバスが来ないので断念して客待ちしていたカザ行きのジープに乗った。150ルピー(≒270円)なり。半日山岳道路を走り午後3時頃に到着。カザはスピティー渓谷の要衝の町で標高3600メートル、人口1700人。

 中心地の市場に近いゲストハウスに投宿。安宿であるが部屋にTVがありスイッチを入れたら普通に映ったので驚いた。ミュージックチャネルであろうか、お金持ちそうなハンサム青年が豪邸の庭園を散歩していると突然美女が歌い踊りながら出現。そして2人でデュエットしながら庭園を散歩していると今度は突然20人くらいの男女が登場して全員で音楽に合わせてダンスになる。

 次々と唐突に場面が転換して最後に2人はハッピーエンドとなるというストーリー。外は雨が降り始め昼間からやることがないので市場の近くのリカーショップで仕入れてきた国産ウイスキーをチビチビやりながらダラダラとTVを見ることに。ミュージックチャネルでは次から次へと同じように美男美女が上流階級の邸宅や豪華ホテルを背景に登場して唐突に全員でダンスという荒唐無稽なインド式ミュージカルが続く。

 以前何かの本でインドではお金持ちの美男美女のラブコメディ映画が一番大衆受けすると読んだことがあった。理由は貧しい一般大衆にとりお金持ちの美男美女の屈託のない恋物語は一瞬でも悲惨な現実生活を忘れさせてくれるからという。非現実的荒唐無稽ミュージカルはそうした一般大衆の求める娯楽なのであろう。

インド人のクリケット愛が昂じて一髪触発の事態に……

マナリー渓谷のソランの村祭り。集団で踊る現代インド映画の原点?

 チャンネルを回すと今度はスポーツチャネルであろうか、クリケットの試合の実況中継である。クリケットのルールは分からないがやたらと時間がかかるようだ。試合が10時間くらい続くことは稀ではないと聞いたことがあった。

 インドで最も盛んなスポーツはクリケットであろう。インド人男性と話していると彼らのクリケット愛を感じる。サッカーJリーグが発足する以前の日本社会におけるプロ野球のような位置づけらしい。英国統治時代からの伝統であるという。

 インドを旅行するとどこの町でもわずかな空き地があれば子供たちが草クリケットに興じているのを見かける。ボートのオールを短くしたようなクリケットのバットを持って歩いている子供を普通に見かける。一昔前の日本でも空き地の三角ベースで遊ぶ子供たちの風景が当たり前であったように。

 聞いた話では何年も前にクリケットの国際大会でインドとパキスタンとが決勝戦で対決することになった。何日も前からインド人のクリケット愛と宿敵パキスタンに対する敵愾心と愛国心が沸点に達して熱狂状態になった。幸いなことにインドが勝ったがもし負けていたら暴動が起こるところだったという。

 インドもパキスタンもクリケットが国技であるお国柄ゆえいずれが勝っても一波乱起こるので競技場内外での警備は軍隊が出動して厳戒態勢だったようだ。

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