東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年10月15日

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浜野保樹 (はまの・やすき)

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

1951年生まれ。工学博士。コンテンツ産業や制作に関する研究開発に従事する。主な著書に『大系 黒澤明』(講談社)『偽りの民主主義』(角川書店)『表現のビジネス』(東京大学出版会)などがある。(財)黒澤明文化振興財団理事、文化庁メディア芸術祭運営委員ほか。

邦楽始めてまずやったこと

石坂敬一会長(以下「石坂」) わたしがまずやったのは、その前からスーパースターだった松任谷由実とか、長渕剛。東芝EMIと既に信頼関係があった人たちとの仕事でした。

 で、アーティスト・ロースター(リスト)の強化にまず取り掛かって、引き抜きをだいぶやりました。矢沢永吉さん、忌野清志郎(1951-2009)さん、RCサクセション(忌野清志郎がフロントマン)、それからBOØWY。

 ここまで強化しておくと、それぞれアーティストが気に入って録音した曲だったら、企画としてまず通ります。

石坂敬一会長

浜野保樹教授(以下「浜野」) 簡単に仰るけれど、映画界だと昔は俳優は配給会社専属でね、取り合いになるのを防ぐため「5社協定」なんていうものまであった。引き抜きは、それは大変でした。どうやったんですか、石坂さんの場合。

石坂 ウマが合う。これはやっぱり大事。

 マネジメントの代表と話して、アーティスト自身と話して、当社(東芝EMI)があなたにかける熱情はこうなんだってことを伝えることですね。

 洋楽ビジネスやってて良かったのは、わたしたちとやったら、いずれクライヴ・デイビス(Clive Jay Davis、プロデューサーとしてグラミー賞受賞4回)プロデュースのレコード出せるかもわかりません、とか、ジョン・レノンと…とまでは言えないけど、ジェフ・ベックとツイン・ギターでどうですか、みたいな。

 「ええっ!?」って、身を乗り出してくる。「ハイ、一応聞いてみますから」って。そんな会話はしたなあ。

 なんにせよ、「共通言語」は必要です。ヘコヘコしてはだめ、居丈高はもっとだめ。

 矢沢永吉さんはものすごく居住まいが正しいから、席次なんか日本の伝習に則ってやらないといけないとか、長淵みたいに、酒浸りであるかの如く見せておいて全然飲まない人がいるから、そういうところもね、わかってないと。

 ユーミンだったら宇宙の話、っていうような「カルテ」を持ってないとね。

 RCサクセション・忌野清志郎は山梨まで追っかけて行って、ご飯一緒に食べたんだけど、そのときクルマの本を持ってった。

 清志郎が、ドイツ車が好きだったんですよ。それを知ってたので。

浜野 ご自分の目で判断されるんでしょうけど、「ここだけは譲れない」という一線はあるんですか。

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