公立中学が挑む教育改革

2017年11月1日

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多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

東京のど真ん中に、一風変わった校長先生がいる。全校集会ではパワーポイントを使って生徒たちに「プレゼン」し、夏休みに課す宿題は最低限の作文だけ。外部企業や研究者、大学生などを巻き込んだ「オープンイノベーション」にも積極的に取り組む。驚かされるのは、その舞台が公立中学校であることだ。自由な裁量がほとんどないと思われる公立校で、変革に向けた新たな施策が次々と導入されている。その実像を追った。

千代田区立麹町中学校校長・工藤勇一氏

ビジュアル重視のスライドで生徒へ「プレゼン」

「みんな元気? 夏休みは充実していたかな? 元気な人はまあいいや。今日は、元気じゃない人だけに話をしよう」

 9月1日の第2学期始業式。千代田区立麹町中学校校長の工藤勇一氏(57)は生徒たちの前に立ち、そう話し始めた。どんな学校にもある「校長先生のお話」だが、麹町中学校のそれはおそらく、多くの大人たちが思い返す光景とは異なるだろう。

 演台のスクリーンには工藤氏がこの日のために作ったパワーポイント資料が映し出される。リモコンでスライドをめくると、大きな砂時計の絵が現れた。

「夏休みが終わってしまい、『やることがたくさんあって嫌だな』と思っている人が多いかもしれない。砂時計に例えるなら、上の部分にまだまだたくさん砂が残っている状態だね」

「ここで、砂時計の真ん中あたりを拡大して見てみよう。砂がたくさんあっても残り少なくなっても、下に落ちるスピードは変わらない。人間も同じで、やることがたくさんあってもほとんど片付いていても、進むスピードは同じなんだよね」

「やらなきゃいけないことがたくさんあるときは憂うつになって、進むスピードが遅いと感じてしまうことがある。人間は思い込んでしまう生き物なんだな。大人たちのビジネスの世界では、そんな状況に陥らないための『マインドセット』が大切だと言われている」

「やることがたくさんあるときも、今この瞬間、目の前のことに全力で取り組めていれば、良い生き方をしていると言えるんじゃないかな。みんなもぜひ、そんなマインドセットをしてほしい。それでも元気になれない人は話を聞くから、校長室においで」

 始業式に臨む工藤氏の姿は、若手社員に向けて理念を語る起業家のようだ。事実、工藤氏は「生徒たちへ語りかけるときは、いつもプレゼンだと思っている」と話す。プレゼンを聞いて、実際に校長室を訪れる生徒もいる。

工藤校長の式辞はいつもこうしたプレゼンスタイルで行われる(写真は2017年1学期の始業式のもの)

「中学校は社会で活躍する人材を育てるための場所です。生徒たちが大人になり、人前で話すときに、聞いてくれない相手を叱る人はいません。だから教員が『校長先生の話をちゃんと聞きなさい』と指導する姿なんて見せてはいけない。話を聞いてもらえないのは校長の責任ですよ。言葉は伝わることが大事で、分かりやすく伝えなければ意味がないと考えています。生徒たちが『聞きたい』と思うような話をする。ビジネスの場では当たり前のことですよね」

 工藤氏が作るスライドには文字がほとんどない。写真や画像を多用して、語りかけるメッセージを補足していく。ビジュアル重視のプレゼンスタイルは「アメリカ大手IT企業の役員プレゼンから影響を受けた」のだという。このやり方は今や工藤氏の定番となり、入学式や卒業式といった最重要行事の式辞にも趣向を凝らしたスライドを準備しているのだそうだ。

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