世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2017年11月13日

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 エコノミスト誌の10月5日付け記事が、中国本土で蒋介石が再評価されている背景には中国再統一の信念を抱いていた蒋介石を利用して台湾国民党の歓心を買いたい中国共産党の思惑がある、と報じています。要旨は次の通りです。

(iStock.com/wrangel/whilerests/Pomogayev/luplupme)

 共産党と国民党との内戦の後、中国では蒋介石の名前は悪と同義語になっていたが、状況は変わり、南京郊外のかつての彼の公邸は今や観光スポットになっている。そこには毛沢東の不倶戴天の敵の住まいであったことを示唆するものは何もない。

 この20年で蒋介石は中国共産党幹部の頭の中で極悪人から愛国者に変貌、彼の妻、宋美齢はちょっとしたアイドルになっている。共産党は懸念を抱きながらも、「少なくとも蒋は、台湾は、共産党支配でないにせよ中国の不可分の一部という信念を抱いていた」との考えを示すようになり、この考えを否定する現台湾政府の注目を期待している。

 1949年以降、国のゲストハウスになっていた蒋介石の屋敷は、修復作業を経て2013年10月1日、国慶節の日に再公開され、その後の1年間で50万人もの観光客が訪れた。中国国内にある蒋の他の屋敷も修復され、観光地になっている。

 南京の屋敷は美齢宮と呼ばれており、蒋介石の名前の使用はまだ微妙であることを示している。しかし、ギフト・ショップでは蒋が連合軍側の4大指導者の1人であったとする伝記が売られている。伝記は中国が国連の創立メンバーになったことを蒋の功績と認め、さらに、蒋は死ぬまで中国再統一の理想を抱いていたと言っている。

 中国共産党は蒋のこうした面を強調することで、台湾の国民党の歓心を買えるのではないかと期待している。国民党の少なくとも一部は今も蒋介石を英雄と見ている。しかし、与党民進党は、1947年の反国民党運動の弾圧で数千人の死者が出たのを蒋の責任と見ており、その後の彼の独裁的支配も非難している。

 台湾が蒋介石の屋敷の公開を始めた1990年代は、内戦以来の国民党の支配が続いていた時期で、蒋はまだ支持され、国際空港も彼の名前を冠していた。しかし、その国民党も蒋の残虐性は問題にし始めていた。屋敷に残る地下トンネルや恐ろしげな見張り台も、蒋がいかに謀反や暗殺を恐れていたかを観光客たちに告げていた。

 その後、政権を握った民進党は蒋介石への個人崇拝の排除を開始。彼の数多くの像は撤去され、いくつかの屋敷はホテルや画廊に転用、2006年には空港の名称も台湾桃園国際空港に変えられた。

 蒋介石排除の動きは国民党が政権の座に返り咲いた2008~2016年は止まっていたが、現在は再開され、台湾政府は彼を顕彰する中正紀念堂の設計し直しを考えている。具体案はまだ明らかでなく、民進党の活動家が要求するように蒋の銅像が撤去されるかどうかもわからない。撤去されればおそらく中国は動揺し、墓の中で蒋もどこを向けばよいのかと困惑しよう。

出典:‘Mansion makeovers’(Economist, October 5, 2017)
https://www.economist.com/news/china/21730036-visitors-china-and-taiwan-have-very-different-views-late-dictator-chiang-kai-sheks-former

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