中国メディアは何を報じているか

2018年2月9日

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 1月末、中国である起業家の死がセンセーショナルに報じられた。80後の起業家の代表格で、かつて「起業少年」の異名をとった連続起業家(シリアルアントレプレナー)が事業の行き詰まりで自殺したのだ。起業の華々しい面ばかりが伝えられる中、その死が起業のリスクの高さを象徴的に示していると受け止められている。

(iStock/alex-mit)

10年前のスターが破産の危機で自殺

 1月25日、eスポーツ(家庭用ゲーム機やパソコンを使ったゲーム対戦)事業を手掛ける万家電競CEOの茅侃侃(マオ・カンカン)が自宅で練炭自殺した。享年35歳だった。彼は中国ではよく知られたスター起業家だった。小学五年生でプログラミングを始め、19歳で起業した。2004年に起業したゲーム事業のMaJoyのCEOとして注目を集め、「80後起業家」「億万長者」「起業少年」などの異名をとった。

 06年、23歳の時に同年代の起業家、李想、戴志康、高燃とともに「京城IT四少」と呼ばれた。日本語にすれば、首都ITの若手四天王といったところ。この4人はCCTVの人気番組に出演したり、有名雑誌の巻頭を飾ったりと、一躍時代の寵児になった。その中で最も若かったのが茅侃侃だった。

 4人の中で最も有名になっているのは李想で、スマートカーの分野で「汽車之家」という会社をニューヨークで上場し、今では三度目の起業となる「車和家」というスタートアップでCEOを務めている。ほかの2人も事業にそこそこ成功し、今では安定した地位を築いている。一方、茅侃侃は様々な分野を転々としており、事業で一時的に大きな収益を上げたことはあっても、大成功と言えるような成果は手にできていなかった。

 ゲーム事業の後、医療や交通情報のアプリを手掛けたのち、2013年にeスポーツの領域に踏み込んだ。15年、万家文化と共同出資で万家電競を設立し、CEOに就任した。ただ、事業で収益を出せなかったことに加え、共同出資した万家文化の所有者の交代で資金援助が受けられなくなり、資金繰りに困っていた。彼が個人的に車や家を担保に借金をしたこともあったがそれでも賄えず、最後は社員の2か月分の給与が未払いという状況に陥っていた。

 遺書はないが、自殺の原因は事業の継続が絶望的だったためとみられる。周囲からは明るい性格とみられていたが、長年うつ病を患っており、それが彼を死に追いやったとみる向きもある。

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