安保激変

2018年3月3日

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辰巳由紀 (たつみ・ゆき)

スティムソン・センター日本部長

キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。東京生まれ。国際基督教大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院で修士号取得。在米日本大使館専門調査員、戦略国際問題研究所(CSIS)研究員などを経て2008年より現職。2012年よりキヤノングローバル戦略研究所主任研究員を兼任。専門は日本の防衛政策、日本の国内政治、日米安全保障関係、米国の対アジア安全保障政策。

 平昌冬季五輪が2月25日に閉幕した。北朝鮮は五輪開催前から「対話に前向きな北朝鮮」を演出するために韓国側が提案した南北合同選手団編成に同意、五輪開会式には金正恩の妹である金与正を出席させるなど、五輪開催期間中は「魅惑攻勢(charm offensive)」を最大限発揮した。アメリカのメディアも、五輪開催期間中は、五輪開会式での文大統領と金女史の握手がセンセーショナルに報じられたのをはじめ、南北合同選手団の編成や、金与正の開会式出席など和解ムードを前面に押し出した報道が目立った。

 対照的に、開会式に出席していたペンス副大統領が金与正からほんの数席しか離れた場所に座っていないのに、視線を合わせようともしなかったこと、平昌到着前にペンス副大統領が、北朝鮮代表団と握手することを拒否したことが、トランプ政権の対北朝鮮が固くなすぎるのではないか、という批判的なトーンの報道が大半を占めた。

(myella/iStock)

 しかし、五輪期間中は核・ミサイル実験を自粛した以外、北朝鮮が核兵器プログラムを放棄する兆候も意思も全く見えないという現実は変わっていない。それどころか1月22日に米CBSニュースのインタビューに出演したマイク・ポンペオCIA長官は北朝鮮が米国に到達できる核兵器を「数カ月(a handful of months)」に開発するだろうと発言している。

 このようなことから、米国が、北朝鮮がそのような能力を開発する前に、北朝鮮に対して武力行使するのではないかという危機感が急速に高まっている。「鼻血(Bloody nose)オプション」と呼ばれる限定的武力行使オプションがささやかれるようになり、五輪終了後、ほどなく米国が限定的武力行使に踏み切るのではという観測も流れている。2月28日にはニューヨーク・タイムズ紙が、外交的解決策を模索しつつも、万が一の事態に備え、ハワイで図上演習が行われ、結果、万が一武力行使が行われた場合には最初の数日だけでも1万人近くの米軍兵士が犠牲になり、民間人犠牲者は数十万人にも上ることになるという結果が報告されたことが報じられたばかりだ。

 平昌冬季五輪が終了した今、米国が対北朝鮮武力行使を決定する日は近いのか。おそらくその答えは「ノー」であろう。理由の一つは、五輪終了間際に北朝鮮が米国との対話に前向きだという意志表示を韓国の文大統領に対して行ったことだ。トランプ大統領は北朝鮮からのこのような意思表示に対して「正しい環境(北朝鮮が核開発放棄について議論する姿勢を見せること)」の下」であることが必要だと言いつつも、北朝鮮との対話についてはオープンな姿勢を見せている。

 また、米国の対北朝鮮武力行使には、韓国側の同意が欠かせない。韓国政府の同意を得る鍵となる韓国大統領が対話に前向きにな以上、これを無視する形で武力行使に踏み切ることは、米韓同盟に決定的な亀裂を生む。そのような結果は、武力行使終了後の朝鮮半島情勢を考えるとき、韓国の中国への接近をますます加速させるだけで、米国の国益に決して資さない。

 もう一つの理由は、平昌五輪終了間際に米国に北朝鮮に対し追加的制裁の発動を発表したことだ。いうまでもなく、経済制裁が効果を発揮し始めるまでには、早くて6カ月かかるといわれる。つまり新しい制裁パッケージを発表すると、少なくとも数カ月間は、「武力行使オプションを真剣に検討する前に、経済制裁がどれだけの効果を発揮するか見守る必要がある」という議論が主流を占める。つまり、北朝鮮が再び核実験やミサイル実験などの挑発行動に出ない限りは、少なくとも今から夏ごろまでは「まずは制裁の確実な実施と、その効果を見よう」という空気が支配的になるということだ。

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