オトナの教養 週末の一冊

2018年3月30日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

 現在、中東は「テロの温床」というイメージが広がっている。なぜこうしたイメージが広がってしまったのか。そのひとつの要因は「これまでの紛争のツケ」と言うのが、イラク政治史や現代中東政治が専門の酒井啓子千葉大学法政経学部教授兼同大学グローバル国際融合研究センター長だ。『9.11後の現代史』(講談社)を上梓した同氏に、中東の国々がつくられた基本的な歴史や反欧米組織、中東情勢、そして日本人には馴染みの薄い中東を理解するための本や映画などについて話を聞いた。

(iStock/Nebojza)

――中東関連のニュースでは「テロ」という言葉が頻出するのが現状です。いまの学生さんたちにとって「中東=危険」あるいは「中東=テロ」という印象が強いのでしょうか?

酒井:いまの多くの学生たちにとって「中東とは危険な場所で、行くことなんて考えられない」という認識のようです。もちろん、現在の中東は危険な場所もありますが、そうでない場所もあります。中東に混乱を及ぼした発端と言える2001年9月11日にアメリカで起きた「同時多発テロ」にショックを受けた学生も10年前は多かったのですが、いまの学生たちは当時まだ幼く、事件自体を知らない、もしくは理解できない年齢だった、という層も増えてきましたね。

 学生たちの「中東は危険だ」というイメージを決定的にしたのは2014年以降、勢力を拡大し、世界を震撼させたIS(イスラム国)の出現です。ISの台頭の背景には、国際社会が中東のこれまでの紛争をきちんと解決してこなかったツケがあります。

――そのツケとは?

酒井:そもそも、現在の中東地域はユダヤ教、キリスト教、イスラム教と、すべての一神教が生れた文明発祥の地でした。たとえば、昔はシリアやレバノンがある地域はローマ時代にはビザンチン帝国という東ローマ帝国に含まれており、シリアやレバノン、さらにはイラク北部にはイスラーム教徒ばかりでなく、一定の割合でキリスト教徒が歴史的に存在し共存してきました。そこに、19世紀、ヨーロッパは中東へ進出し、支配を進めていきます。この際、同じキリスト教徒である彼らのネットワークを利用、通訳や貿易の窓口のような存在にしたため、共存していた宗教間に対立が生れていきます。

 英仏が第一次大戦でオスマン帝国を打ち負かすと、1917年には英仏がオスマン帝国の領土を山分けする「サイクス・ピコ協定」という密約が結ばれた。オスマン帝国は解体され、イスラーム世界でまとまっていた中東の国々は、ヨーロッパ諸国の思惑により国境線を引かれ、第1次世界大戦後に現在のイラクやシリア、ヨルダン、エジプトのような国家にわかれ独立したのです。

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