2024年4月19日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2018年5月11日

――本書を読んでいると、過酷な生活環境だけではなく、日常的に小学生からタバコを、中学生くらいでお酒を飲んでいたりとびっくりする証言が多いですね。

磯部:川崎区臨海部で多くの不良少年や元・不良少年に取材をして印象的だったのは、「大人」になるのが早いということでした。例えば、ある不良少年たちは中学生になった途端、先輩からカンパと称した上納金を収めるように強いられる。それだけだとよく聞く話のようにも思えますが、彼らの場合、取り立てが強烈で、仕方がなくひったくりや強盗で資金を賄うようになります。罪を重ね、一斉逮捕されたのはまだ中学三年生の時でした。

 あるいは、いわゆる中卒が多いことも考えさせられました。定時制や通信制の高校へ進学する子もいますが、大体、数カ月で辞めてしまう。もちろん、なかにはそういった環境から抜け出したくて進学校を目指す子どももいます。例えば、この本にも登場するラッパーのFUNIさん。彼は臨海部の桜本という、もともとは在日コリアンの集住地域だった場所で生まれ育ち、6歳の時に大師町へ引っ越します。桜本とは1キロ程しか離れていませんが、彼の言葉を借りると「プールがガクンと深くなるみたいに疎外感が強くなった」。学校で在日コリアンは彼しかいなかったのです。さらに、中学を卒業して北部の進学校へ越境するようになると、友人たちが勉強や部活に専念していて驚いたと言います。彼の実家は潰れそうな町工場を何とか営み、周りはそこにシンナーの一斗缶を貰いにくるような不良ばかりだったため、その時、自分が育った環境は特殊だったんだと改めて知ったと語ってくれました。

 また、先程の不良少年たちのひとりは、中3で2度目の逮捕、医療少年院に送られた際、カウンセラーから「本当に偏った世界で生きてきたんだね。おかしいということに早く気づいたほうがいい。洗脳されてるのに近い状態だ」と言われたそうです。

――そういった環境で育ち、高校へ進学しない若者たちは、その後どんな仕事に就くのですか?

磯部:美容師になりたくて、三者面談で専門学校の話をしたら、職人の父親から「お前はウチで働くんだからダメだ」と言われた子もいました。上下関係の中で自然と職人をやるようになるケースは多いですね。暴力団が身近な土地なので、小学生の時、「将来の夢は?」と訊かれて「ヤクザ」と答えた子もいましたし、本には「中学に入ってからも、暴走族をやって、そうしたら、次はそっち(暴力団)でしょうっていう。普通に育ったヤツが普通に高校に行くのと同じ感覚」という発言も出てきます。

――一部の子どもたちにとって、職人か暴力団員かという少ない選択肢しかないわけですね。その他の選択肢を示せるロールモデルとなるような大人がいないのでしょうか?

磯部:この本の感想として、「過酷な環境の中でも真面目に生きている子どもだっているじゃないか」という意見もあります。確かにその通りです。対して、件の先輩から上納金を取り立てられていた元・不良少年たちは「まともな大人と話す機会がなかったんで。川崎の大人に相談しても、『やっちゃえばいいじゃん』みたいなことしか言わないから」「昔は大人が嫌いでしたもん。先生に相談しても無視だし。警察に被害届出しに行ったら、その後、ヤクザに絡まれて。『お前、うたった(密告した)ろ? そこ(警察と暴力団)つながってねぇわけねぇじゃん』って」と振り返ります。

 しかし、彼らは、現在、BAD HOPというラップ・グループとして成功を収めています。過酷な環境で生まれ育ち、不良になり、アウトローの道を歩んでいましたが、その途中でラップという表現手段を手にしたことによって、これまでの経験を歌い、アートへと昇華出来た。そして、川崎区の不良少年たちが彼らに憧れて続々とラップを始めるようになります。BAD HOPのリーダーである双子の兄弟、T-PablowとYZERRは「川崎のこのひどい環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるかしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢をつくれたかな」と自負していました。


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