韓国の労働団体が釜山の日本総領事館前に設置しようとしていた徴用工の像が当局によって撤去された。対北朝鮮政策で日本の協力を得ることを優先させ、日韓関係を適切に管理していくという文在寅政権の基調が維持された形だ。日本との外交問題に発展することを避けた妥当な判断である。
ただ、この問題では「元徴用工の個人請求権が消滅しているのか」という肝心のポイントで誤解が多いようだ。個人請求権が残っているというのは、実は日本政府が国会答弁でも繰り返し表明してきた公式見解である。一方で、1965年の国交正常化時に締結された日韓請求権協定によって「解決済み」という立場を日韓両国政府は共有してきた。この「個人請求権は残っているのに解決済み」という分かりにくさが誤解を生む元凶だろう。なぜ、そんなことになっているのだろうか。
ちゃぶ台返した後、判断先送りに転じた韓国最高裁
戦時中に日本企業の工場などに動員された元徴用工は、未払い賃金の支払いなどを求めて裁判を起こしてきた。日本では2007年に最高裁で原告敗訴が確定し、韓国で起こした裁判でも各地の地裁、高裁で原告敗訴が続いた。ここまでは日韓両国政府の立場を裁判所が支持してきたということであり、外交的には問題となりようがなかった。
状況を変えたのは、韓国大法院(最高裁)が2012年に原告敗訴だった高裁判決2件を破棄差し戻しとしたことだ。新判断の理由は「日韓両国が植民地支配の合法性について合意しないまま協定を結んだ状態で、日本の国家権力が関与した反人道的な不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権が請求権協定で解決されたと見ることは難しい」とされた。
日本は強く反発した。韓国外交通商省(現外務省)報道官も記者会見で「韓国政府の立場は一貫して維持されており、変わりはない」と答えたものの、裁判所の判断を行政府が批判するわけにもいかず頭を抱えてしまった。
ソウル高裁と釜山高裁で2013年に下された差し戻し審判決は当然ながら原告の逆転勝訴となり、被告の日本企業側が改めて上告した。韓国大法院はすぐに確定判決を出すかと思われたが、いまだに判決を出していない。このまま確定させたら日韓関係に重大な悪影響を及ぼすことが分かったけれど、自らの判断を否定するのも難しいというジレンマに陥って判断を先送りしていると考えられている。