韓国の「読み方」

2018年6月1日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

準備不足の答弁で日本側に疑念を持たせた文大統領

 昨年5月に就任した文在寅大統領は、日本に対して歴史認識問題で厳しいというイメージを持たれていた。実際の政権運営ではそこまで強い思い入れを感じられないのだが、先入観というものは怖い。日本では現在も、対日強硬派というイメージを持っている人が少なくない。

 ただ、日本側の反応をきちんと考慮しないまま「思いつき」のような発言をする傾向は見られる。これは文氏に限った話ではなく、韓国の国力が強くなったという自意識の裏返しで日本を軽く見る風潮が広がっているからだろう。

 徴用工問題に関する当初の文氏の発言は、そうした韓国社会の雰囲気を見せる典型的なものだった。

 文氏は昨年8月15日の「光復節」演説で、慰安婦問題と徴用工問題を並べて「未解決の問題」として取り上げた。さらに同月17日の記者会見では、慰安婦問題が請求権協定で解決されていないと述べたうえで徴用工問題に言及し、「徴用された強制徴用者個人が三菱をはじめとする相手方の会社に対して持つ民事的な権利はそのまま残っているというのが韓国の憲法裁判所や大法院の判例です。政府はそのような立場から歴史問題に臨んでいます」と語ったのだ。

 慰安婦問題についても2015年の日韓合意で解決済みとせざるをえないはずなのだが、それは置いておくとしても、そもそも慰安婦問題と徴用工問題を同列に語ること自体が韓国政府の立場を逸脱するものだった。韓国政府は盧武鉉政権だった2005年に請求権協定の効力について再検討を行い、慰安婦問題と在韓被爆者、サハリン残留韓国人という三つの問題には協定の効力が及ばないという判断を下した。その時に、徴用工問題については協定で解決済みと再確認しているのだ。

 しかも憲法裁判所は2015年12月、元徴用工の訴えを「憲法訴訟の対象にならない」と却下している。

 文氏が2012年に出した著書では慰安婦訴訟と徴用工訴訟を混同しているような記述もあった。文氏は記者会見から1週間後に行った安倍晋三首相との電話協議では、「請求権協定で解決済み」という立場を再確認した。記者会見との整合性を意識したのか、「国家間の問題解決とは別に、個人と企業の間での個人請求権は存在するというのが韓国大法院の判断だ」と付け加えたという。

 その間の経緯を考えれば、記者会見では準備不足の即興答弁をしたように思われた。私は同僚から「一国の大統領となれば発言は重い。これから徴用工問題で日本に責任を取れと迫ろうというロードマップを描いた上での発言のはずだ」と言われたが、とてもそこまで考えているとは思えなかった。その時に効果的な反論を見つけられなかったのだが、ある韓国専門家の大学教授には「そんなのトランプ大統領を見てみろ、と言えばいいじゃない」と笑われた。トランプ氏ほどではないにしても、文氏の日本関連の発言は軽いのである。

 なお記者会見を報じた日経新聞は、2005年の再検討について「当時、大統領首席秘書官だった文氏は政府委員メンバーだった。17日の記者会見ではその点に関する見解をただされたが、答えなかった。」と書いた。私の周囲にはこの記事を真に受けて「文氏が痛い点を突かれたのに、だんまりを決め込んだ」と受け止める人がいたが、それは事実と異なる。そうした読後感を持つ人が多かったとしたら、誤解を招く困った記事だったと言えるだろう。質問者は再検討が行われたことを踏まえた回答をしてほしいと求めたものの、文氏が再検討チームに入っていたことには触れていなかったのである。

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