コラムの時代の愛−辺境の声−

2018年6月24日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

毎日新聞記者

1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山に入社。89年に毎日新聞社に入り、ジャーナリズムの道へ。92年に外信部に所属し、 93年にメキシコ留学。帰国後の95年から南アフリカ・ヨハネスブルグでアフリカ特派員、2002年からは、メキシコ市支局長、ラテンアメリカ特派員。08年〜12年までローマ支局長。5 年半に渡るアフリカ特派員時代の取材を元にした著書『絵はがきにされた少年』(集英社文庫)で05年の開高健ノンフィクション賞受賞。著書に、『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス)、『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』 (新潮選書)、『ギリシャ危機の真実 ルポ「破綻」国家を行く』(毎日新聞社)『翻弄者』(集英社)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)。

 こんなところまで「人種」を引きずるのか。映画「死の谷間」のクライマックスで主人公の黒人男性が言う言葉に「えっ?」と思った。

(C)2015 Z4Z Film Production UK Ltd. All rights reserved.

 核戦争らしき災いの後、世界に残った1人の女と1人の男。どういう気候現象が幸いしたのか、自然が汚染されずそのまま残った谷間に女が一人暮らしている。そこは彼女の故郷であり、作物を植え、牛や鶏を育てなんとか一冬を越した。20代半ばの美しい農家の娘。家族はみな戦後、周囲の町へ行ったきり戻らず、天涯孤独の身となった。唯一の友は彼女に寄り添う犬だ。

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 そこに、中年に差し掛かった男が防護服で身を包み、長旅の末、奇跡の谷にやってくる。

 2匹の野生動物が互いを警戒し、近づいては離れを繰り返すように、2人は次第に心を許し合い、良き伴侶、無人の世界の残されたアダムとイブのような関係になりそうになる。そんな矢先、突然、別の男が現れる。

 中年男よりも若く、彼女と同年輩の美しい男だ。どう生き残ったかはわからないが、彼もこの楽園に住み始める。

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 世界に残ったのは2人ではなく、3人だった。

 外のテントに寝ていた若い男を彼女は家に招き入れる。中年男はそれが面白くない。

 「正気か」「何が?」「彼を信用しすぎだ」「部屋へ案内しただけ。あなたが望んだのよ」

 「君が招き入れたんだ。同じ屋根の下にな」「何がダメなの? 彼は悪い人じゃないわ。それとも……疑ってる?」

 彼女と中年男の関係が変わり始める。

 しばらくは仲睦まじく、そして時折、微妙な緊張を抱えたまま日々が過ぎて行く中、中年男が彼女にこんなことを言う。

 「君の世界を広げるんだ」

 その日、彼は、若い男と彼女が2人で散歩に出たの見ている。彼女はそのことで、彼が嫉妬しているのだと思い反発する。「そんな必要ない」と。

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 「ジャマはしないよ」「急に何なのよ、今日彼と散歩したから?」「解決すべきことがあるなら……解決しろ」「そんなものない」「俺のことは気にするな、いいね? 白人同士で組むのは問題ない」

 若い男女はいわゆる白人、中年男はいわゆる黒人である。私はこのセリフが出てくるまで、こうした「人種」の問題を忘れていた。

 そもそも「人種」の違いに科学的根拠はない。誰もその境い目を示すことはできない。では北アフリカや中東辺りにいる人々を、あるいはスペイン人を、ポルトガル人を何と呼べばいいのか。白人か? 黒人か?

 単に19世紀来の社会通念として便宜的に白人、黒人と呼んでいるに過ぎない。その違いを今も多くの人間が信じ込んでいるから便宜上「黒人」「白人」と分けている。そして日本人は「黄色人」、アメリカ先住民は「赤色人」と。もちろん外見の違いはある。だが、肌の色、骨格、顔のつくりなどで、明確な線引きができるかどうかという話だ。ここでは、そんな境い目に固執せず、白人、黒人という通念で話を進める。

 「白人同士で組むのは問題ない」と中年男が言い放った後、2人の議論はもう続かない。その際の2人の表情がこの映画でもっとも秀逸な場面と言える、

 彼女は「あきれた」という顔をして相手を睨む。やや蔑んだ表情だ。あえて心のセリフを想像すればこうだ。

 「あなた、何を言っているの。正気なの。そんなことを考えていたの。あなたって、そういう人間だったの」

 自嘲的な表情の男はどうだろう。

 「おい、なぜ返事をしない。図星なのか。なんだその目は。俺を蔑んでいるのか……」

 登場人物が3人だけのいわば「おとぎ話」である。防護服や、放射能汚染のリアリティーなど舞台背景や細部を気にしてしまうと、この作品の面白みは半減する。要は無人島に残された男女の、そして3人のわかり合えなさ、人間というもののある種どうしようもなさを、作品は見事に提示している。

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