対談

2018年8月1日

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 福島第一原発事故から7年が過ぎ、放射線リスクをめぐる対立はかつてほどには目立たなくなっているが、対立がもたらした分断は、ローカルなコミュニティにもネット上にも残されている。このことは、「政治」が議会でのみ行われるのではなく、日常生活の細部でも常に起こっていることを再認識させる。

(写真:AP/アフロ)

 原発事故後の分断について「食」を通じた分析を行ったのが、『原発事故と「食」 市場・コミュニケーション・差別』の著者、社会学者の五十嵐泰正氏だ。原発事故後に千葉県柏市で消費者や生産者らの協働による社会運動を率いた経験ももつ五十嵐氏と、やはり社会学者で著書『社会運動と若者 日常と出来事を往還する政治』など運動参加者へのインタビュー調査を続けてきた富永京子氏が、若者のデモから“左派嫌い”が生まれる理由まで、幅広く語り合った。

人は「自分と似た人」の言うことしか聞かない?

富永:『原発事故と「食」』を読んでまず感じたのは、学者としてものを言うことの怖さや緊張でした。公に何かを言うこと、さらにそれがメディアという第三者の手を通して届けられるということには、私のような下っ端の研究者でもすごく緊張します。誰かを傷つけてしまうことへの怖さ、自分の意図しないところで大きな反響を招く「炎上」への不安も感じています。社会運動という社会現象を遠巻きに見ているような「ニワカ」の自分ですらそうなのですから、例えば東日本大震災や排外主義といったもっとアクチュアルで、かつ当事者が明確に、しかし多様なかたちで顕在するような政治課題であれば、緊張はいやでも高まってしまいます。私にとってこのご本は、専門家がものを言うことの「怖さ」がどこから来るのかを解き明かす本でした。

五十嵐:ありがとうございます。この本そのものは2015年あたりからずっと書きたいとは思っていたもので、なぜかと言えば、その頃から「両方向」から炎上するようになってきたな、という実感があったんです。

 僕は生まれてからずっと住んでいる千葉県柏市が、2011年の福島第一原発事故でホットスポットになったのをきっかけに、「安全・安心の柏産柏消」円卓会議という活動を立ち上げました。生産者・消費者・飲食業者・流通の四者で野菜や土壌の汚染を計測して安全が確認されたものをプロモートするという活動で、僕自身も積極的に情報発信もしてきたので、脱原発・脱被曝の立場から「安全寄り」との批判を受けることは想定していましたし、実際に批判もありました。

 ところが15年あたりになって、ツイッターで「脱原発派の人たちとも対話をしていこう」といったことを言うだけで、脱原発運動に批判的な人たちから非難されて、ときに炎上するという状況になったんです。

富永:2015年というと、安保法制反対デモが国会前に押し寄せていた頃ですね。私は社会運動についての研究者としては珍しい「非参与」の、つまり運動そのものにはコミットしない研究者なんですが、傍で見ていても、あの頃はデモについて何か発言するだけで炎上しかねない時期でした。参加者や研究者がデモの手法やスピーチの内容に言及するだけで、ときには必要以上に激しい攻撃が起こったような印象もありました。もちろん議論が深まったこともあったのですが。

五十嵐:政治性の強いイシューは何であれすぐ炎上していましたよね。体感では、あまりに敵味方に分かれていく空気に対しての懐疑的な声が生まれ始めたのが17年頃で、このタイミングでこの本を書こうと一気に書き上げたのですが、どちらにせよ僕はツイッターを異なる立場の人の議論の場として使うことは難しいと思っています。事態が動いている中で、さまざまな専門家とつながりたい、広くリーチしたいと考えていた柏の活動をしているときは、ツイッターはすごく有効なツールだったのですが、状況が煮詰まってくると、敵と味方をさらに固定させる装置という側面が強くなる。これは、人間が感情の共有を求める動物である以上当然の帰結だし、そもそもSNSって「いいね!」「わかるー」って使い方をするものですよね。異なる意見の人たちが議論するツールとしてツイッターを使うのは、人類にはまだ早すぎたかもねって思ったりもします(笑)。

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