対談

2015年10月25日

»著者プロフィール

新参者が動くとき

毛利 実際に柏の運動はニューカマーの人が多いんですか。

五十嵐 多いですね。農家はもちろん代々柏の人が多いですが、円卓会議に参加した中にはニューカマーの新規就農者もいました。

毛利 ニューカマーの意思が反映されていることが大きな違いなのでしょうか?

五十嵐 そうですね。もう少し付け加えれば、高度成長期からバブル期に至る郊外開発が進んだ時代に柏に入ってきたニューカマーの次の、ニュー・ニューカマーの世代が柏では重要になってきました。除染の活動ではまさに、2000年代以降に移ってきた人たちが非常に重要な役割を果たしたんですよね。

東京大学柏の葉キャンパス(Wikipedia)

 この時期に柏の人口増加を牽引したのは、JR常磐線の柏駅の圏域以上に、2005年に開通したつくばエクスプレス(TX)の柏の葉キャンパス駅周辺の開発です。理科系の研究科を集めた東大柏の葉キャンパスがあって、東大職員の宿舎もあり、アッパーミドル向けの住宅が並ぶ柏の葉は、柏市の中でも専門職や技術職に就いている人が抜きんでて多く住んでいるエリアです。そういう層が今回の除染の重要な一翼を担ったというのが特筆すべき点なんです。理系的感覚の問題解決志向で動いた市民活動だったことも見逃せないし、東大の教員とのつながりも強く、放射線防護についての専門家の知見を市民が資源として利用できる環境だったのは大きいですね。

毛利 僕はアートプロジェクトなどで松戸と縁がありますが、松戸の面白さはむしろ古い人が残っていることで商店街や商工会を仕切ったりしている。その人たちと付き合うのは面倒くさい面もあるんだけど、東京ともまた違う居酒屋文化でコミュニティが形成されている。みんなすごく飲むし、ニューカマーのクリーンな運動が機能する余地はなさそうな気がしますね。

五十嵐 昔の商店主の気風のある世代は柏でも層が厚いですよ。円卓会議の事務局にもなったストリート・ブレイカーズは、柏駅前のストリートミュージシャン絡みの活動からスタートしていますが、15年前にミュージシャンたちと連携する中心になったのも、古くからの商業者層です。その後のアートプロジェクトなども地付きの商店主層が運営側にいていろいろな人を巻き込んでいきました。それとは違う世代の、まったく異なる志向を持った層が原発事故でホットスポットになったことを契機に可視化したという印象です。統計上は明らかに増えていても、基本的に地域と関係なく生きているので、大きな出来事が起こるまであまり街中で見えてはいなかった層ですね。

毛利 別のレイヤーにいる人同士は普段は関わりを持ちにくい。でも異なる意見を持つ同士が話し合える。話し合わざるを得ない状況が生まれて、議論をするプラットフォームができたというのが、今の日本ではすごくユニークですね。本を読んで真っ先に思ったのがその点でした。

五十嵐 市に協働を仕掛けて除染を進めていったグループとは対照的に、柏産柏消の円卓会議はもともと野菜市などの場で一緒にまちづくりに関わっていた仲間だったからできた活動です。一方の除染のグループはもともとのベースが何もなかったからこそ、既存の地域活動のしがらみから自由にできた側面が大きい。こうした市民活動の展開や性格と、担い手となる住民層の関係をいろいろと考えています。

 柏で公民協働の除染を推進したグループについていえば、そこに参加したニュー・ニューカマーの人たちや、柏にずっと住んではいたんだけど地域とのつながりが薄かった人たちは、都内で働いているビジネスパーソンが中心ですから、ある種のアッパーミドル的なビジネスマインドを共有していて、それが功を奏したのだというのが現時点での結論です。徹頭徹尾、理念よりも成果を重視するプロジェクト志向の活動だったんです。発足当初から市を経由して広範な市民を巻き込んでいくというビジョンと達成目標を設定して、協働的な放射線対策が実現していく目途が立ったら解散すると当初から宣言していたことも、地域に根差した市民活動としては相当にユニークです。

 彼らは運動そのものが居心地のよい居場所になって継続していくことを拒否していたんです。彼らは仕事も忙しいし、子育ても忙しい。インタビューに答えてくれた人の言葉を借りれば「リア充だからいつまでも運動している暇はない」というわけです。あくまでも目先の問題解決のためのプロジェクトであり、そういう意味では非常に反運動的なんですね。そんな市民活動が、柏や松戸を含む東葛地域全体でも、もっとも成果を上げた。そこで切り捨てざるを得なかったものについても『常磐線中心主義』では論じていますが、こうした市民活動の成功はこれからの地域社会を考える上では示唆に富んでいると思います。

毛利 柏や松戸を走る常磐線の印象は、上野駅からカップ酒を飲んでいる人が多いとかそんな感じでしたよね。楽しいといえば楽しい、独特の文化がありました。

五十嵐 その空気がすごく変わった感じはしますね。そしてTXは最初から全然違う。政治的な理念からは距離を取って、ひたすら問題解決に動いていった。非常にビジネスライクでもあるし、近年の市民運動の分析の中でしばしば指摘される、ネオリベラリズム状況下での「経営論的転回」と通底する部分もあるのだろうと思います。

毛利 ファミリー層を中心としているあたりも、運動としては珍しいですね。

五十嵐 それはもうはっきりとしていて、やっぱり柏はファミリーの街なんですよね。ホットスポット騒動のときには人口が流出しましたが、その後また反転していまだに人口は増え続けていて、多摩や町田などのニュータウンよりもずっと若い街だといえます。ただ、高円寺や下北沢のような「若さ」ではなくて、30代や40代のファミリー層中心という意味の若さです。高円寺は商店街の店主たちが高年齢化で沈滞しているところに、入ってきた若い単身の人たちが原動力になったと理解していますが、柏は同じ世代でも子育て世帯の存在感が大きいのは確かです。

反原発と地方移住

毛利 高円寺の人たちは僕もよく知っているのですが、最初に大がかりなデモがあったのは高円寺なんですよね。松本哉さんの「素人の乱」が主導して、2011年の4月10日に「原発やめろデモ」が行われています。

五十嵐 そうですね。よく覚えています。

毛利 そのあとは1カ月ごとにデモがあり、新宿や銀座でも大きなデモが行われていくのですが、中心となっていたのは彼らで、それが反原連(首都圏反原発連合)などにもつながっていきました。

 しかし、反原発デモが国会前に移動するにつれて高円寺では、反原発デモはほとんど行われなくなってしまった。理由はさまざまあるのでしょうけど、中心となった人たちが地方に移住したことも大きかったと思います。

五十嵐 これは批判するつもりではないんですが、移住を選択する感覚がちょっとわからないんです。ホットスポットになったわけでもない東京で、彼らはリアルに放射線による健康被害があると今でも思っているのでしょうか?

毛利 高円寺に関していえば、放射線の害よりも「原発やめろ」がテーマでしょうね。

五十嵐 なるほど。

毛利 もちろん放射線の害を深刻にとらえている人たちもいますが、その人たちはあまりデモには向かわない。初めから避難や移住をしてしまうので、あまり残っていないんです。運動的にはそこに線が引かれていて、避難した人たちはそもそも反原発を叫ぶほうには回らない。

五十嵐 初期に避難した人たちの心情は、わかります。「とにかく何が起こるかわからない」という初期段階ならわかるんですが、現在に至るまで健康不安が心配で東京を離れている人たちの感覚が、正直あまりよくわからないんです。避難した先の地方での暮らしが気に入ったとかならわかるんですが。

毛利 そこにもいくつかの段階があって、たとえば子育てをしている人には、ある意味で科学では割り切れない不安がずっとありますよね。不安が払拭されなければ東京を離れることも選択肢になる。

 でも、高円寺あたりの30~40代の単身者が移住していったのは健康不安よりも、原発そのものが嫌なんだ、別の生活がしたいんだという感覚が強いのだと思います。現在の反原発運動でも、都心部では健康問題はあまりイシューになっていない。

五十嵐 むしろ次の事故への不安なんですね。

毛利 そう思いますね。「次」の不安があるからこそ、結婚や出産が移住の引き金になる。

――近年、いわゆる文化産業で働いている人たちには、地方暮らしへの憧れが高まっていたようにも思えます。

毛利 そうそう、それはセットなんですよね。だから原発事故が最後に背中を押したような状況もあったでしょうね。東京に仕事があって人間関係もあったから住んでいたけど、それ以外に東京に住む大きな理由はなくて、インターネットが普及したことも後押ししている。店主が高円寺や下北沢にいて、奥さんとお子さんが淡路島や小豆島あたりにいるという人もいますね。

「みんなで」の不在が招いた分断

毛利 漠然とした不安は、科学では解決しきれないですよね。政府の対応もそこに真摯に働きかけているとはとても言えません。

五十嵐 政府がどういうコミュニケーションを取ったらよかったんでしょうか? それは僕自身もずっと模索してきたテーマなんですが、不幸にも「次」があった場合に、どんなコミュニケーションがありうるのでしょうか?

毛利 政府のコミュニケーションが効くのかどうかはわからないけれども、たとえば世界価値観調査(World Values Survey:世界数十カ国の社会科学者による国際調査プロジェクト)を見ると、ヨーロッパではマスメディアよりも市民運動や環境運動への信頼が高いですよね。日本ではメディアへの信頼が高くて、政府の評価がそれほど高くなく、市民運動はそもそも信頼する対象の選択肢として上がってこない。

 ここからいえるのは、やはりディスカッションする場がないということです。市民の議論が社会をネガティブな方向に導くこともあるわけですが、ディスカッションの場がなく、メディアは政府の発信をオウム返ししているだけの日本では、信頼そのものが醸成されないのだと思います。

五十嵐 それがきわめて重要なポイントだと僕も思っていて、円卓会議でやろうとしたのは「解釈共同体」を作ってそれを広げていくことだったんですよね。

 ある畑の野菜からこういう数値が出た。じゃあみんなで畑に行ってみよう。場所により高い数値も低い数値も出る。その現象の意味を一人で考えるのではなく、相互信頼を醸成した「みんな」で解釈して考えを突き合わせてみる、そのような共同体を作りたいと思っていたんです。そこで必要に応じて、理系はもちろん、人文・社会科学の専門家にもアドバイスを求める。何であれ「一人ですべてを受け止めない」ことが重要だと思ったんです。

 そしてそれは、異なる立場と利害を持った人たちによる解釈共同体でなければいけない。多様なステークホルダーが集まる共同体でなされた解釈やそこから生まれる実践に共感してくれる人の輪を増やしてくことが、ダメージを被った柏野菜のマーケティングにもなるだろう、それが基本線だったんですね。

 放射線のような科学的なイシューだけではなく、さまざまな政治的な選択であっても、一人で考えるのは無理だと思っています。これは別に「日本人の民度が低い」みたいな話じゃなくて、どんなに市民意識が高そうに見える国だって、一人で考えて決めるなんてどだい無理なんですよ。ローカルな継承も含めて、解釈共同体がやっぱり必要なんだと思います。長年自民党の集票マシーンになってきたような中間集団、農協とか商店街も、みな複雑な政治的イシューがこの業界にはどう働くのかということを末端のメンバーに伝える、解釈共同体としての側面を持っていたわけですよね。

 もちろん、多くは非常にズブズブで同質的、抑圧的な共同体だったと思います。政策に関わることでも「とりあえず××さんに投票しておきゃあいい」みたいなもので、政策の解釈なんか関係ないボス支配でしかない場合の方が多かったでしょう。しかしそれが、全体として拡大するパイを分配するモードだった55年体制のなかでは、ある種の日本型のコーポラティズムとして機能していた面はある。地域や業界内の多様化が進む中でそれが急速にしぼんでしまい、結果として「劇場型政治」が猛威を振るったような、かえって解釈が一元的に回収されやすい政治状況ができてしまった。放射線の問題も解釈共同体の空白のなかで、政府や自治体の発信を信じる人と全てを疑う人にばっきり二分したまま、相互理解の試みもなく今に至ってしまっている印象です。

 当時の柏の運動では、円卓会議にしても除染のグループにしても、活動の輪を広げたり情報収集をするのにツイッターがとても大きな役割を果たしました。ソーシャルメディアが共同体を形成しうるということも、しばしば言われる「ソーシャルメディアは情報のキュレーター」というのもその通りですが、SNSは完全にバーチャルな関係性ではなく、個別の信頼に基づいてなされる対面的コミュニケーションに接続していくときにこそ、非常に大きな力になると思っています。

毛利 個人の力で判断するのは難しいことばかりですよね。原発事故でマスメディアが相対化されたこともとても大きくて、それまでも主要紙すべてが真実を伝えているなどとは誰も思っていなかったでしょうが、立場によって報道がここまで変わるのかと再認識させられたと思います。

 そこでソーシャルメディアが果たした役割は大きかった。でも旧来のメディアに取って代わるかというと、まだまだ小さいし信頼度も低い。

五十嵐 影響力も限定的ですしね。

毛利 ツイッターではものすごくフォロワーの多い人もいるけど、実社会でそれなりに影響力をもっている人でも3000~1万人の規模ですよね。オルタナティブとして力を持ちうる単位は10万人くらいじゃないでしょうか。デモでも10万人集まればかなりの力になる。専門家集団も10万人の集団のなかでしっかりと機能すればいいと思うのですが、今はマスメディアに吸い上げられてしまうか、もしくはいきなり永田町や霞ヶ関に呼ばれてしまう。どちらにも吸い上げられない意見は小さく分裂し、分断されていってしまいます。それが必ずしも悪いわけではないんだけど、現状では死に票になってしまう。それが露呈したのが震災以降の混迷なのでしょう。

 その意味では、たとえば新聞であれば地方紙の役割が相対的に重要になってきているように思えます。東京にいると新聞は、朝日、読売、毎日、日経、産経といった全国紙をすぐ想起するのですが、首都圏以外ではまだまだ地方紙が全国紙以上に読まれているところが多い。地方紙は10万規模のメディアだからこそ今でも合意形成の場として機能している。沖縄なんかその典型ですね。首都圏でも東京新聞がこのところ面白い。

▼おすすめの電子書籍

地方創生 成功の鍵
■対談:木下斉×飯田泰之(執筆:柳瀬 徹)
■インタビュー:熊谷俊人(執筆:柳瀬 徹)
■現地レポート(取材・執筆:磯山友幸)
■コラム(執筆:原田 泰)

▼ご購入はこちら
Kindleストア
iBooks
楽天kobo
Kinoppy(紀伊國屋書店)
BookLive!

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る