WEDGE REPORT

2018年8月28日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『銀盤の軌跡』(新潮社)などの著書もある。

亡くなったコフィ・アナン氏(写真:ロイター/アフロ)

 コフィ・アナン氏が8月18日に亡くなった。ガーナ出身のアナン氏は、1997年から2006年まで国際連合事務総長を務め、2001年にノーベル平和賞を受賞している。

 アナン氏の訃報を聞いたとき衝撃を受けたのは、実はわずかながら個人的なご縁があったからである。筆者が現在住んでいるニューヨークのアパートメントの、お隣の部屋がアナン氏の住居だったのだ。

 筆者がもう30年ほども住んでいるのは、マンハッタンの東側にあるイーストリバーの中洲、ルーズベルトアイランドである。中産階級向けに開発されたアパートメントビルが立ち並ぶここは国連から比較的便が良く、現在でも国連関係者が多く住んでいる。

アナン氏引越し後は、妹家族がお隣に

 直接話をしたことはないものの、アナン氏が国連事務総長に就任する前には、何度も近所でお見かけしたことは覚えている。長身で品が良くオーラがあり、いつも穏やかな表情の落ち着いた紳士だった。

 もっとも筆者が隣のビルから今のビルに移ってきたときは、すでにアナン氏は国連事務総長に就任し、国連ビルに近いマンハッタンの高級住宅街、サットンプレースに引っ越していた。

 「おたくのお隣は、前にミスター・アナンが住んでいたんだよ」と教えてくれたのは、ドアマンのジミーだった。

 ニューヨークポストの新聞記者が廊下でうろうろして、「ミスター・アナンが住んでいたのはどこなのか知ってるか?」と聞かれたこともある。

 ソーシャルメディアもまだなかった当時は、今ほどプライバシーの保護などもうるさくなく、のんびりしていた。

 お隣にはやはりアフリカ人の一家が住んでいて、ご主人は貿易関係のお仕事をしていると聞いた。モロッコにも家があり、行ったり来たりしているというこの一家の奥様が、実はアナン氏の妹のエクアさんだった。兄のアナン氏が引っ越した後に、ここを引き継いだのだという。

 「いつかそのうち、是非お茶でも」と顔を合わせるたびに言い合いながら、10年あまりがあっと言う間に過ぎた。

 時おりお隣から漂ってくるお料理の匂いは、ニューヨークでもなかなかかいだことのないものすごくエキゾチックなスパイスのきいた香りだった。

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