Washington Files

2018年9月25日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 トランプ大統領が就任前から固執してきたメキシコ国境沿いの壮大な「国境壁」建設構想が正念場を迎えている。まじかに迫った中間選挙の結果次第では、連邦議会での莫大な予算計上も不透明となり、場合によっては計画全体がほごにされかねない。大統領の表情にもあせりの色が見え始めている。

 アメリカが、メキシコ国境沿いの不法入国者取り締まりに本格的に乗り出したのは、トランプ大統領が初めてではない。先鞭をつけたのは、ジョージ・W・ブッシュ大統領の時だった。

メキシコ・チワワ州と米国国境の壁。写真は今年4月、メキシコ人少年がたった2分でこの壁を乗り越えた様子(AFP/AFLO)

 2006年10月、同大統領が、東西3200キロにおよぶ国境の要所要所に約1100キロ分のフェンスを張り巡らすことをめざした「フェンス警護法」に署名、それ以来、高さ6.4メートル、幅1.8メートルのものものしい強固な二重フェンスの設置が太平洋岸のカリフォルニア州サンディエゴ南端地帯から徐々にスタートした。

 筆者はこれに先立つ1980年代に、テキサス州エルパソの国境沿いを「国境警備隊」ヘリコプターで100キロ近く視察したことがあった。当時はところどころに高さ2メートル程度の有刺鉄線が張り巡らされているにすぎず、途中のリオグランデ河一帯などは無防備で、取材中にもメキシコ側から男女家族6~7人が泳いで米側の岸辺に近づこうとする光景を目撃した。

 その頃の米側の警備は明らかに手薄で、不法入国者阻止の断固たる決意は感じ取れなかった。むしろ、発展著しかったアメリカ主要都市のホテルやレストラン、建築現場が必要とする労働力不足の解消策としてある程度これを黙認していた側面も否定できない。

 中米諸国からの密入国は「フェンス警護法」成立以前は、後を絶たず、2005年1年間にパトロール中の「国境警備隊」に検挙された不法入国者も110万人にも達していた。

 しかし、同法施行後の2008年には72万人、2010年46万人と減り続け、その後も、減少傾向が続いている。

 ただ、この間、二重フェンス設置の実際の工事は、500キロ程度しか進んでおらず、完成までの道のりは程遠い状態だった。それでも不法入国者数が減り始めた背景には、フェンス設置よりも国境警備隊員によるパトロール強化によるところが大きい。げんに「フェンス警護法」で計上された予算12億ドルのうち大半は、パトロール関連人件費に充てられる一方で、防護フェンス設置工事は様々な困難に直面し、後回しになってきたのが実情だ。

 この点、トランプ政権発足後、正式に打ち出された「国境壁」建設構想はまさに前代未聞のものといえる。そして大統領自身、中国の「万里の長城」を引き合いに、従来の飛びとびのフェンスではなく、連綿と続く本格的な防護壁構想を念頭に置いていることを力説してきた。

 では、実際の「国境壁」構想とは具体的にどのようなものなのか。

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