WEDGE REPORT

2018年10月24日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

ナルコエスタード

 ベネズエラは、原油価格に左右されるモノカルチャー経済の国である。現在原油はバレル70ドル前後と上昇気流にある。だがこの産油国にその恩恵はない。2006年当時、原油生産量世界5位~6位だったが、現在は10位以内にも入らない。原油プラントは老朽化し、石油公社はひどい赤字体質で生産量は激減。しかも、石油公社の部長レベルでさえ、現地通貨払いの月給は5ドル相当ほどである。社員はスズメの涙のような退職手当をもらわずに、黙って国を次々と出て行く。

 普通なら政府は倒れそうだ。けれども、コカイン利権を持つコカイン国家ベネズエラは、ハイパーインフレぐらいでは倒れない。南米のコカインの大半がベネズエラを経由して欧米に向かうのだから。

 象徴的な事件がある。2015年、マドゥロ大統領の甥2人は、コロンビア革命軍(FARC )から購入した800キロのコカインをニューヨークに密輸しようとした罪でアメリカに収監された。米国麻薬捜査官(DEA)のおとり捜査にひっかかったのである。その後、証言者2人、甥2人におとり捜査者(Informante CS-1と呼ばれる)を紹介した者、そしておとり捜査者(CS-1)自身、時を待たずして次々と何者かに暗殺されている。

 このコカイン売買を指揮していたのはシリア・レバノン系の現副大統領ターレク・エル・アイサミといわれる。彼はアラグア州の知事(2012~16)時代に民間のカルテル複数を排除して一本化。州の犯罪を深化させ、殺人率を142(件/10万人)にまで高め、スパやディスコ(名前はTokio)まである極楽刑務所を作り、刑務所の中から囚人が戒厳令を出せるまでにした。

 私が以前住んでいたカラボボ州周辺では彼とその取り巻きのアラブ系の人間が利権を欲しいままにしていると聞く。同地にあるPEQUIVEN(石油化学系公社)の肥料工場で精製される尿素やアンモニアは、実は農業のためよりもコカインペースト生成のためにコロンビア、ブラジルなどに輸出されている(報道関係消息筋)。

 そもそも最大のカルテル・ロス・ソ―レス(Los Soles)を率いるのは、憲法制定議会議長ディオスダド・カベリョだという。それが現地では周知の事実となっている。

 原油の精製プラントには一兆円規模の投資が必要だが、コカイン商売には微小の資金で十分だ。利益率は数100倍である。現地でキロ10万円が、日本では5000万円に跳ね上がる。世界には民主主義、社会主義、ファシズム国家があるが、もうひとつコカイン国家が存在する。中南米ではNarco Estadoと呼ばれる。

IMFはベネズエラに毒蛾を放った

 IMFの悪意を潜ませたこのようなインフレ率の発表は、もちろんベネズエラの経済の改善にはつながらないし、悪化を狙ったものである。すると、外貨を持たない一般のベネズエラ人はどうなるのか。生活が一層困窮することは明らかであろう。

 IMFは反省というものを知らない。もともとベネズエラがこのような苦境に陥る土壌を作ったのは、IMFなのである。

 以下は、日本で唯一の国際協力専門誌『国際開発ジャーナル』(10月号)「解「国」新書 混迷極めるベネズエラ」に掲載された私の拙文の一部からのほぼ引用である。

1980年代半ば過ぎ、私は首都カラカスにいた。地下鉄サバナ・グランデ駅のプロムナードに建ち並ぶショーウィンドーには贅沢品が陳列され、カフェテリアでは優雅にチェスを楽しむ人々がいた。当時のインフレ率は30%ほど。世界有数の埋蔵量を誇る原油の収益を財源に輸入品の価格を抑えるための補助金が出ており、物価はまだ安かった。58年から続く2大政党による民主的な政治体制の下、社会も安定していた。南米一豊かで治安も良かった。
 だが、86年の「逆オイルショック」により、原油価格は暴落。IMFは、緊縮財政のためのショック療法を当時成立したばかりの第2次カルロス・アンドレス・ペレス・ロドリゲス政権に強いた。さらに、補助金の撤廃も要請した。物価の急騰を予測した商人は物を出し惜しみ、主食であるアレパ(トウモロコシから作ったパン)や衣類など、あらゆる商品が町中から消えた。スラムに住む人々は生存の危機に直面したが、ガソリン価格はリッター5円から2倍に引き上げられるなど、緊縮財政の影響は続いた。
 そして1989年2月26日夜、スラムの住民はカラカス市内の商店を襲い、略奪行為を繰り返した。政府は軍を投入し、約300人の住民を殺害。世に言う「カラカッソ」(カラカス大暴動)である。同じ年、ドイツでベルリンの壁が壊され、国際社会では社会主義の退潮が決定付けられた。だがベネズエラの人々には、米国流の新自由主義がもたらす悲惨な現実の方が、よほどリアルに感じたことだろう。

 こうして、チャべス大統領の時代(1999年2月~2013年3月)とそれを引き継ぐマドゥ―ロ政権(2013年4月~)の土壌が整えられたのである。

 さて、昔は表参道のようなに輝いていたサバナ・グランデは今どうなったのか? 街はすすけ、街路にサイレンの音が鳴り響き、人々は命あってのものだねとばかり足早に家路につく。ドミノやチェスに興じる人はめったに見ない。

 1988年当時は、IMFの担当者はこのような状況を作るために緊縮財政を求めたわけではなかったであろう。当時流行っていたショック療法をパターナリズムから施しただけである。たんに無知だったのだ。ベネズエラの国内事情など知らないし、知ろうともしないのだから、提示する政策の結果はサイコロを振るようなものである。ベネズエラに限らず、世界にはこのような例がたくさんあるに違いない。

 ある事象の歴史的経緯や背景を知らなくては、権威あると思われている機関や人の言葉に専門家やマスコミでさえころりと騙されてしまう。こうして、フェイクニュースは瞬く間に広まり、事実として世間に定着するのである。

 味をしめたIMFは来年度のベネズエラのインフレを年率1000万%と予測したが、これはもうはしゃぎすぎだろう。

  
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