赤坂英一の野球丸

2018年12月26日

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 今年も契約更改やFA移籍で億単位、数十億単位の報酬を得た〝勝ち組〟がいる一方、戦力外通告を受けてひっそりと去って行った〝負け組〟も多い。そうした中、NPB(日本野球機構)から大変興味深いアンケート調査の結果が発表された。この秋、若手選手たちを対象に、「引退後にやってみたい仕事」を尋ねたところ、なんと「一般企業の会社員」と答えた選手が最も多かったのである。

(kuppa_rock/Gettyimages)

 この調査は2007年以降、NPBが毎年実施している「セカンドキャリアに関するアンケート」。今年11月から宮崎で開催された若手のための教育リーグ、フェニックス・リーグに参加した12球団の選手に対して行われた。

 回答したのは252人(回収率95.1%)で、平均年齢23.5歳。一般企業で言えば入社2~3年目の大卒社員に当たる。平均年俸は約888万円。そんな若手たちが答えた「引退後にやってみたい仕事」の結果は、上から順に以下の通りだ。()内は前年の順位。

  1.  一般企業で会社員=15.1%(7位)
  2. 大学・社会人指導者=12.3%(3位)
  3. 社会人・クラブチームで現役続行=11.5%(6位)
  4. 高校野球の指導者=11.1%(1位)

 「一般企業で会社員」が1位になったのは07年の調査開始以来、初めてのこと。「高校野球の指導者」は昨年まで5年連続でトップだったが、今年は4位に下がっている。アンケートには上記のほかに、「海外球団で現役続行」、「プロ球団で指導者」といった項目などもあり、複数回答が可能だったにもかかわらず、プロにこだわるという意思を示した選手は意外なほど少なかったのだ。

 この現象をどう捉えるべきか、小野剛氏に聞いてみた。私が取材した中では、プロ野球で戦力外通告を受けてから異業種に転じ、実業家となって最も大きな成功を収めた代表的存在である。その小野氏が言う。

 「一口に言えば、いまのプロ野球には、夢を叶えるより安定した生活を求めている選手が増えているということでしょう。最近では、戦力外通告を受けるのが年齢的にも早くなりましたからね。

 それに、引退後に球団職員やチームのスタッフとして残ることができたとしても、切られるときには切られてしまう。同じチームの先輩たちがそんな厳しい境遇に置かれているのを目の当たりにすると、自分の将来についても現実的に考えざるを得ない。そんな若い選手が多いんだと思います」

 そう語る小野氏は、00年秋のドラフト7位で武蔵大から巨人に入団した元投手である。02年に戦力外通告を受けるも、一念発起してイタリアに渡り、セリエAサンマリノで現役を続行。04年に帰国して西武にテスト入団し、初めて一軍のマウンドに上がった。が、それだけ血の滲むような苦労をしても、プロでは結局、1勝も挙げられず、06年には西武も解雇されてしまう。

 そこで、第2の人生では大学時代に学んだ金融と経済の知識を生かし、不動産業界へと転身。会社勤めで〝修行〟を重ねてから独立に踏み切り、現在は不動産会社や飲食店など複数の会社を経営している。15年には野球の独立リーグ、BCリーグ・福島ホープス創立に関わり、初代GMとして岩村明憲(元ヤクルト、大リーグ・レイズ、楽天)監督を招聘したことでも注目を集めた。

 現役時代は敗戦処理どまりだった投手が、どうして実業界で大きな業績を挙げることができたのか。私がそう尋ねたとき、小野氏は「野球のおかげです」とこう言った。

 「ぼくのようにプロ野球に入る人間は、中学、高校のころからずっと野球の世界で鍛え続けられているわけじゃないですか。自分の力や技術を伸ばすことはもちろん、チームプレーの大事さ、上下関係の厳しさ、人間関係の難しさを、十代のころからたたき込まれている。まあ、正直、嫌なこともありましたけどね。

 そういう経験をして身につけた知識や精神的な強さが、実業の世界に出てから生きたわけです。野球の力対力の勝負では勝てなかったけど、ビジネスは人間対人間、知恵対知恵の勝負。だったらおれだって負けないぞ、と。それだけの根性を培うことができたのは、野球をやっていればこそでした」

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