赤坂英一の野球丸

2018年10月31日

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(Candice Estep/Gettyimages)

 「今のカープの選手はホンマに仲がええわ。わしらの時代は考えられんかったことよ」

 かつての黄金時代を築いた広島東洋カープのOBたちを取材していて、「昔と今とで何が一番違うのか?」と質問すると、異口同音にそんな答えが返ってくる。

 3連覇した広島ナインの結束力の強さは、他球団のファンにもあまねく知れ渡っている通り。この4年間、その中心にいたのが、2015年に阪神から復帰した新井貴浩だった。

 25年ぶりにリーグ優勝した16年には4番としてチームを牽引し、MVPを受賞。4番の座を鈴木誠也に譲った翌17年以降も随所で勝負強さを発揮し、選手にもファンにも愛される〝いじられキャラ〟でムードメーカーを務め、カープ人気を盛り上げた。

 現役引退を表明した今年も、巨人とのCS(クライマックスシリーズ)最終ステージ第2戦で同点タイムリーを打ち、決勝本塁打を放った菊池涼介とがっちり抱き合うパフォーマンスを披露。ふたりのイラストが描かれた記念Tシャツが球団の公式ホームページから発売されると、僅か数分(もっと短かったかも)で売り切れとなったほど。

 若手では、鈴木誠也と野間峻祥の仲の良さもつとに知られている。ここ数年、本拠地での早出練習にはこのふたりが先を争って参加し、試合後にはよく一緒にタクシーに乗って帰宅。菊池に田中広輔、丸佳浩を加えた同い年の〝センターライントリオ〟、野村祐輔や大瀬良大地を中心とした若き投手陣の堅い絆も、ファンの間では有名だ。

 今のカープは確かに強い。が、以前の黄金時代、1979年から86年までの8年間で4度の優勝(79、80、84、86年)、86年を除いて3度の日本一を達成したころとは、明らかに選手の個性もチームの雰囲気が違う。

 当時は山本浩二、衣笠祥雄の主砲コンビがまだ現役で、高橋慶彦、山崎隆造、正田耕三、西田真二、小早川毅彦らが続々と台頭。投手陣では先発の柱に山根和夫、北別府学、大野豊、川口和久、抑えに津田恒美、小林誠二らが名を連ねていた。そして、正捕手は今年、ソフトバンクのヘッドコーチとしてカープと戦うことになった達川光男。この時代の選手は本当に仲が悪かったと、当時指導者をしていたOBはこう話している。

 「とにかく、その日の朝、球場のロッカーで顔を合わせても挨拶ひとつしない。目が合うと、『ああ』とか『おう』とか言うだけでね。試合後も負けたときはもちろん、勝ったときですら、みんなふて腐れたようにブスーッとして黙ったまま。ごくたまに『お疲れさん』という声が聞こえたと思ったら、裏方やトレーナーだったりした。それがいまでは、ロッカーへ帰って来るなり、『ハーイ!』『イエーイ!』なんちゅう歓声が飛び交ってるんだから。ホンマ、時代は変わったわ」

 1979年の日本シリーズ第7戦、九回裏無死満塁のピンチをしのいで日本一となったいわゆる〈江夏の21球〉の直後、江夏豊と捕手の水沼四郎が抱き合った映像は、カープファンならずとも一度は見たことがあるはず。実はあのとき、背後で守っていたショートの高橋はびっくりしたという。「うわあ! あんなに仲の悪い人たちが抱き合ってるよ!」と。

 その高橋、先輩の衣笠や江夏、後輩の長嶋清幸とは仲が良かったが、達川や北別府とは極めて折り合いが悪かった。年齢では達川が一番上だが、プロ入りが一番早い(75年)のは高橋で、ドラフト順位(1位)と一軍定着では北別府が上と、それぞれに譲れないプライドがよく内輪揉めの火種になった。試合中に走者が出てピンチになり、マウンドに集まってもお互い口を利かないため、三塁手の小早川や片岡光宏が〝通訳〟を務めたことまであったそうだ。

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