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2019年1月29日

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大内伸哉 (おおうち・しんや)

神戸大学大学院法学研究科教授

1963年神戸市生まれ。東京大学法学部卒業、同博士課程修了。神戸大学法学部助教を経て、2001年より現職。著書に『AI時代の働き方と法』(弘文堂)など。
 

 職場のパワーハラスメント(パワハラ)の規制に、政府がいよいよ本腰を入れようとしている。パワハラは、1911年の工場法(1916年施行)から始まる日本の労働法の100年の歴史のなかで、手つかずのまま残っている最後の主要分野の一つだ。

(IMAGE SOURCE /GETTYIMAGES )

 これまでパワハラに対して法が介入してこなかったのには理由がある。労働法の歴史をみると、法がまず介入したのは、長時間労働の制限や労働災害の防止や補償といった、労働者の基本的な権利にかかわる分野だ。基本的な権利は、どの企業で働く労働者にも最低限保障されなければならないから、法が介入するのは当然だ。一方、最低限の保障ラインを越えるプラスアルファの部分となると、必ずしも法が介入すべきものとはいえない。ハラスメントのない良好な職場環境の実現も、こうしたプラスアルファの分野に含まれ、本来は、企業が自らのポリシーで、従業員や労働組合の意見も聞きながら進めていくべきことだ。

セクハラと違い
パワーの行使は必要

 このようなハラスメントの領域に、法が介入した最初の例がセクシュアルハラスメント(セクハラ)だ。それまでは職場環境の問題として、企業内で処理すべきとされていたセクハラについて、1997年に改正された男女雇用機会均等法は、企業に対し「雇用管理上必要な配慮」(現在は「雇用管理上必要な措置」)を義務づけた。その背景には、「ハラスメント」という呼び方が社会に広がり、これが労働者の人格的利益にかかわる問題(あるいは女性差別問題)と捉えられたことにより、各企業の自主的な取り組みに任せるだけでは不十分という認識が広がったことがある。

 そうした流れの延長線上に、2016年の育児・介護休業法の改正によるマタニティハラスメント(マタハラ)の規制や今回のパワハラ規制がある。ただ、パワハラには、セクハラやマタハラと違う面もある。それは、パワハラが日常の業務遂行と密接にかかわっている点だ。企業に雇用されて働くことの特徴は、企業がその事業の遂行のために行使する指揮命令権限(パワー)に服することにある(これが個人自営業者との違いだ)。

 しかも日本の企業は、指揮命令を通して従業員の教育まで行う。新規学卒者をスキルがゼロの状況から一人前の職業人に育て上げるのが、日本企業の特徴であり、強みでもある。つまり、企業(上司)がパワーを行使すること自体は、業務遂行を円滑に進め、従業員を教育するうえで必要なことなのだ。

 パワハラが起こるのは、上司のこうしたパワーの行使の仕方に何らかの問題があり、それに対して部下が不満を感じるときだ(パワハラには、部下から上司に対するものや、同僚間のものもあるが、最も多く起きてかつ深刻なのは、上司から部下に対するものだ)。つまり、人事管理がうまく機能していないときにパワハラは起こるのだ。

 現実にパワハラの相談案件が増えたり、パワハラに起因する精神障害が増えたりしていることを考慮すると、法律でパワハラを規制する動きが出てくるのにはやむを得ない面がある。ただ、これは経営の根幹でもある人事管理の機能不全を、政府によって救ってもらうことでもある。経営者の面目は丸つぶれとなる。

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