2024年4月26日(金)

Wedge REPORT

2011年10月3日

――今までも、特に食の安全などで顕著にあらわれていましたが、一般の人やマスコミの「ゼロリスク神話」や「危険か安全か」の二元論によって事態が混乱を極めたことも珍しくありません。

中谷内教授:現在の状況は、環境ホルモンやダイオキシン、BSE問題などの時と同じで、「科学的には『安全』だと説明されても『安心』できない」ということだと思います。「安全」がそのまま「安心」につながらない理由は、社会心理学の分野で研究されてきました。

 人間の判断と意思決定に関しては、「二重過程理論(群)(Dual process theories)」という研究があります。人間には情報処理のシステムが2種類存在し、システム1では直感・イメージ・個別事例などをもとに素早く、無意識的に判断し、システム2は意識的に分析し、数字や論理、統計データに基づいてリアリティを感じる、という特徴があります。誰でも両方持ち合わせていますが、基本的に優位に働くのはシステム1です。

 放射性物質が検出された農作物や水道水などについて、政府や専門家が科学的な根拠を示しながら「安全です」と発信しても、何となく不安に感じた一般の人たちは少なくなかったでしょう。

 人間の判断や意思決定のシステムは、狩猟採集生活の中で形成されてきたため、その場その場で直感的な判断を下さなければなりませんでした。危険な動物に出会えば、逃げるべきか闘うべきか。この飲み水や植物は口にして安全かどうか。このような一つひとつの課題に対して、生きるための切羽詰った選択をしてきましたので、直感や本能といったシステム1が優位に働く感情プロセスがかたちづくられました。

人々は本当にパニックに陥っていたのか

 一方、「100ミリシーベルトの被ばくで1000人中5人がガンになる」という事実があったときに、それを数字として頭で理解する、つまりシステム2が働いたとしても、その5人が自分や身内や知り合いなど、自分と近しい人だと想像すると、拒否したくなるのはやはりシステム1によるものです。そもそも5人のガンをどう受けとめるかは科学が決定することではありません。

 専門家によるリスクの考え方は、そもそもの対象が社会であり、エンドポイント(どうしても避けたいこと)の発生確率を考えるものですが、もし自分が母親であれば、子どものことを最優先に考えるでしょう。理屈として分かっていても、自分の判断と一致しないのは、こういった立場の違いや意思決定プロセスが影響しているためです。

――放射性物質が検出されたとき、一般の人がパニックに陥ってしまったのは仕方がないということでしょうか。

中谷内教授:本当に市民がパニックになっていたのかは疑問です。福島県の牛乳や茨城県のホウレンソウから放射性物質が検出された際など、政府は市民に「冷静に対応してください」と発信しました。しかし、スーパーで半狂乱になっている人がいたでしょうか。実際は、消費者は淡々と東北産や北関東産の農作物を避けていました。飽和した消費社会では、「いらないものをそぎ落とす」という作業は日常から行っていることで、今回はそういった観点から考えるとむしろ選択が楽にできた、というだけのことです。もちろん、買い控えられた農家が打撃を受けたことは間違いないですが、パニックになったのは供給サイドであり、消費者側ではありません。


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