2024年4月19日(金)

Wedge REPORT

2011年10月3日

「私も困っている」姿を見せる
システム1への訴え方

 専門家も、発信の仕方を考えていかなければなりません。先述のように、人間の心は直感などのシステム1が優位に働きます。自分と同じ気持ち、価値観を共有することによって信頼が生まれると考えて良いでしょう。専門家の中には、原発や政府、東京電力への怒りをあらわにしたり、涙を流したりして訴えている人たちがいました。今回はこういった姿が人々のシステム1に訴え、共感を得ることで信頼されていく、というプロセスを実感しました。

 私は専門家や研究者があまり感情的な手法を乱発することは好ましくないと感じています。でも、やはり一般の人たちへ訴えるには有効なやり方であることは事実でしょう。優位に働くシステム1に働きかけたうえで、科学的な根拠を発信すれば、それが支えとなります。信頼できる発信者であることによって、科学的な情報が生きてくるのです。

 一般の人は科学者ではありません。ですから、科学そのもので人々の行動を変えることは難しい。それを踏まえたうえで、情報を発信する必要があります。理屈で分かっていても、判断や行動と一致しないというギャップを埋める「ワンステップ」として、同じ事態に対して「私も困っている」という姿を見せることは、悪いことではないと思うのです。

 一番大切なのは、人の命や健康です。それを守るには、感情的に突っ走ることは得策ではなく、科学的にじっくり考えることが重要です。犠牲を合理化して何事もなかったかのように安心することも、科学を否定して小さなリスクに過剰に反応することも、よろしくありません。今回の事故を踏まえて、リスク認知や信頼研究の知見が、今後少しでも活かされるよう引き続き発信していきたいと思っています。

中谷内一也(なかやち・かずや)
1962年、大阪生まれ。同志社大学文学部心理学専攻を卒業。同大学院を単位取得退学後、 日本学術振興会特別研究員、静岡県立大学、帝塚山大学を経て現在、同志社大学心理学部教授。 専門は社会心理学で、とくに、人々の安全・安心の心理や信頼の問題について研究を進めている。 主な著書は「安全。でも安心できない(ちくま書房・2008年)」「リスクのモノサシ(NHKブックス・2006年)」など。


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