経済の常識 VS 政策の非常識

2011年10月11日

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 東日本大震災からの復興のために増税をしなければならないのに、国家公務員宿舎を建てるのはけしからんと、朝霞の公務員宿舎の建設が5年間凍結された。廃止なら、とりあえず賛成だが、凍結はまったくの愚策である(なお、復興予算に無駄が多く、その無駄を省けば増税など要らない。このことについては月刊『WEDGE』本年11月号の拙稿をご覧いただきたい)。

土地を放置することが生み出すコスト

 凍結するとは、その土地を何に使うかも分からないままに5年間ほうっておくということである。廃止して、その土地を売ってマンションを作れば、そこに多くの人々が住むことができる。その5年間、その土地を使わないというコストがかかる。その土地を自然のままにしておくというのはひとつの判断である。それならそれで良いが、5年間凍結というのは、5年後にはまた官舎を建てるということであろう。凍結という案を出してくるというのは、官僚には本当の意味のコスト感覚がないということである。

 コストとは、建設費だけではない。そうしなければ別のことができたという別のことの値打ちがコストである。これを機会費用という。官僚には機会費用という概念がない。

 大都市の農地の宅地並み課税が実現しないのも、もちろん、都市近郊の農家が反対するからであるが、官僚に本当の意味のコスト感覚がないからだ。農地を宅地にすればより多くの人が住むことができる。住みたい人が住めないことがコストである。食糧安全保障なら、大都市の農地でなく、日本全国どこの農地で作っても同じである。休耕田で農地が余っているのに、都市の農地を守る必要はない。

なお、公務員宿舎が問題になるのは、通勤便利な都心のおしゃれな場所に格安で住んでいるからだが、朝霞の宿舎は霞ヶ関まで電車に乗っているだけでも1時間近くかかる。霞ヶ関に通う公務員のための宿舎でもないようだ。なぜ、これが槍玉に上がったかが分からないところがある。

 凍結が一番の愚策ということにご賛同いただいても、だからといって新しい公務員宿舎を建設するのはおかしいと考える読者は多いだろう。その場合、霞が関まで電車に乗っているだけでも1時間近くかかる朝霞より、問題視すべき公務員宿舎は別にある。通勤便利な都心のおしゃれな場所にも、格安で住める公務員宿舎はたくさんあるからだ。

財務省はただ権限を維持したいだけ?

 たとえば、東京のハイソな場所、港区には多くの公務員宿舎があり、多くの官僚が住んでいる。ここでも、官僚が港区に住む本当のコスト、機会コストを考えてみたい。問題を簡単にするために、官僚が都心に住む必要があると仮定しよう。

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