悦悦ちゃんひき逃げ事件
中国人はなぜ無視したのか


富坂 聰 (とみさか・さとし)  ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

チャイナ・ウォッチャーの視点

めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリストや研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。(画像:Thinkstock)

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広東省仏山市の出稼ぎ労働者が集う一角。そこに備え付けられた1台の監視カメラがとらえたある交通事故の映像が、世界中に波紋を投げかけている。

2度もひかれた悦悦ちゃん 通行人18人が無視

 おぼつかない足取りで道路を歩く女児。それを通りかかった大きなワゴン車が跳ね飛ばしてゆく。運転手は明らかに異変を感じたはずなのに車を降りようともせず、すぐに後輪で女児の体を乗り上げて逃走してしまったのだ。そしてもう1台通りかかった車が容赦なく女児を踏んでいく……。

 衝撃的だったのはこの後だ。事故現場を通りかかった通行人たちが、信じられないことに次々と倒れている女児を一瞥しただけで無視して通り過ぎて行ったのである。なかには明らかに倒れている女児にじっと視線を落としたことが映像からも確認できる者もいたにもかかわらずだ。

 事件を知ったのは安徽省のテレビ局が報じたものを上海のテレビが再放送したからだったが、映像に最初に接したとき反射的に思い浮かべたのは、やはり中国社会に備わっている「厳しさ」だった。なかでも中国で生き抜くためにはどうしても必要な生存競争の熾烈さであり、それにともなうある種の冷淡さなのである。

中国人の「人心喪失」だけが原因ではない

 事件の映像が話題になって以降、中国ではそれまで老人問題を中心に――主に年老いた親を施設に預けっぱなしで面会にも来ない若者への啓もうや道で倒れている老人に誰も手を差し伸べないといった現象が社会で目立っていたことに対する戒めなど――メディアが大々的にキャンペーンを張っていた「中国人の道徳の喪失」というテーマを、すべて「悦悦ちゃん」事件に振り向けて、そのボルテージを上げたのだった。

 メディアの論調曰く、経済発展で人心が荒廃し、巨大な流動人口を抱えた都市は人と人とのつながりが希薄で、それぞれ関わりを避けたがるといった「冷漠社会」が広がっているというのだ。

 いずれももっともな言い分であるが、筆者には賛成しかねる部分もあった。それは、中国で経済発展が進み、次第に都市型社会が形成されてゆき、それにともなって人間関係も希薄となり、ついにはそれがあんなモラルハザードを生んでしまったという論理展開には少々無理があるように思われたからだ。

 というのも、日本の多くの読者は、こう聞かされれば自分も「いつか来た道」とばかりに日本社会に起った変化と重ねて考えてしまうのではないかと思うからだ。

 だが、日本で見られる人心荒廃――といっても人情が薄いといった程度――と中国のモラルハザードでは明らかに次元の違う話だと考えられるのだ。それは例えば、「悦悦ちゃん」と同じ状況が、日本のなかでも最も人心の凍てついた都市で起きたとしても、おそらく18人が無視して通り過ぎることなど考えにくいという現実一つとっても明らかだろう。

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著者

富坂 聰(とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

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