オトナの教養 週末の一冊

2019年4月26日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

(写真:ロイター/アフロ)

 レオナルド・ダ・ヴィンチが仏ロワール渓谷沿いのアンボワーズの邸宅で息を引き取ったのは、1519年5月2日。今からちょうど500年前のことである。67年と3週間足らずの生涯だった。

 500年を経てなお、レオナルドの名声は衰えるどころか、増すばかりだ。科学技術の進歩によって、その早過ぎた業績が再評価され続けている。

 500年前の傑物がいかにして歴史的な「天才」となったのか。遺された自筆ノート7200ページに基づいてレオナルドの生涯を描ききったのが、本書である。

独自に発掘された新事実は見当たらないが……

 著者は、世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』(2011年)を書いた米国の評伝作家ウォルター・アイザックソン。『TIME』誌の編集長を経て、ベンジャミン・フランクリンやアルバート・アインシュタインなど、「型破りな天才の伝記」を執筆してきた。

 そのアイザックソンが最も書きたかった人物が、このレオナルドのようだ。本書執筆の動機をアイザックソンは次のように語っている。

 「私が伝記作家として一貫して追い求めてきたテーマを、彼ほど体現する人物はいないからだ。芸術と科学、人文学と技術といった異なる領域を結びつける能力こそが、イノベーション、イマジネーション、そして非凡なひらめきのカギとなる」

 私自身、文科系出身の科学ジャーナリストとしての経験を通して、芸術と科学、人文学と技術という異分野の融合こそが新しいものを生む、と確信している。

 その意味で、レオナルド・ダ・ヴィンチの芸術と科学における多種多様な探究の足跡を、私なりに追いかけてきた。『モナリザ』や『最後の晩餐』、『岩窟の聖母』などの絵画作品は、フランスやイタリア、イギリスに赴いて鑑賞した。公開された手稿なども、イタリアや日本で目の当たりにしてきた。

 アイザックソン同様、最も心酔する天才の一人が、レオナルドなのだ。そういう一レオナルドファンからすると、本書には、独自に発掘された新事実は見当たらない。

 しかし、レオナルドの死から500年を経た現代だからこそ見えてくる彼の先進性と彼の人間臭さを誇張なく、みずみずしく描ききったという点において、比類なき評伝といえるだろう。

 7200枚の手稿を読み解き、現地に取材したアイザックソンの根気と執念、読者をぐいぐいと引っ張る筆力には、とにかく圧倒された。

 一方で、絵画作品の描写においては、繊細で的を射た筆遣いをしており、レオナルド同様、アイザックソンも芸術と科学、人文学と技術における幅広い見識にあふれる人物であるとわかる。

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