赤坂英一の野球丸

2019年5月8日

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 「相撲協会の内部や親方衆の間から、この際、一代年寄を廃止してはどうかという声が上がっているそうだ」

 横綱・白鵬の〝三本締め問題〟が紛糾していた4月下旬、一部メディアでそうした憶測報道が流れた。一代年寄とは現役時代に卓越した成績を残した力士に対し、引退後も四股名を年寄名として名乗ることができる特別な年寄名跡のこと。決定権は相撲協会にあり、資格は本人一代限りで、定年、もしくは廃業すれば消滅すると定められている。

(Dynamic Graphics/gettyimages)

 これまでの一代年寄は第48代横綱・大鵬、第55代横綱・北の湖、第58代横綱・千代の富士(辞退して九重を襲名)、第65代横綱・貴乃花の4人。幕内優勝回数42、通算勝利数1120など、数々の歴代1位記録を持つ第69代・白鵬も当然、引退後には一代年寄になるものと見られている。それだけに、一代年寄が唐突に廃止される可能性が出てきたとは、聞き捨てならない情報である。

 すぐに追跡取材をして、いろいろな関係者に聞いて回ったが、実際にそんな動きがあるかどうかまでは結局確認できなかった。が、「親方たちから、一代年寄なんかもうやめてしまえ、という声がいつ出てきても不思議はないだろう」と指摘する協会やマスコミ関係者がいたのも事実である。

 一般世間にも知られているように、相撲の世界では日本国籍を取得していないと年寄株を買えず、親方にもなれない。そうした中、白鵬は以前からモンゴル国籍のまま一代年寄として親方になりたい、という希望を持ち、様々な関係者に働きかけていたと言われる。

 その一方で、張り手やかちあげを多用した取り口への批判、2017年九州場所の優勝インタビューでの万歳三唱、それに今年三月場所の優勝インタビューでの三本締めなど、問題視される行動が相次いだ。とくに三本締めは本来、本場所千秋楽最後の行事「神送りの儀」で行われている厳かな行事。その前に独断で勝手に〝締めた〟白鵬の行為は、大相撲古来の神事と伝統を蔑ろにしたのも同然と言われても仕方がない。

 それだけ重大かつ前代未聞の不祥事だったからこそ、相撲協会の八角理事長もコンプライアンス委員会を招集。白鵬と宮城野親方を3度も呼び出し、本人たちに弁明する機会を与えた上、十分議論を重ねた末に臨時理事会を開いてまで処分を下したのである。

 その結果、白鵬は「けん責」、宮城野親方は「3カ月間10%減俸」と決定。「(白鵬が同じようなことを)次やったら親方どころの騒ぎじゃない。親方にもなれない。私も白鵬もつぶれる」(スポニチ・アネックス、4月25日配信)という宮城野親方のコメントからも、今回の問題に相撲協会がどれほど厳しい姿勢を打ち出していたかがうかがえる。

 コンプライアンス委員会からは、事を白鵬ひとりの問題と捉えず、相撲界全体で横綱の再教育に取り組むべきとの意見も出された。それも、協会や一門など、各部屋を横断した体制をつくり、横綱に教育的指導を実施してはどうかというのだ。

 恐らく、今後も外国人力士の横綱が続々と誕生することを見越し、同じような不祥事が起こる可能性が高まることを想定した上での提言だろう。そうした中、「いかに大横綱でも一代年寄を名乗らせるのは当分見合わせるべきではないか」という声が出てきたことは十分考えられる。

 しかし、それでは白鵬もこの機会に一から相撲道を勉強し直せばいいのか。105ある年寄株の一つを買って、一親方に収まればいいのか。いや、そう簡単に言ってしまえるほど、事は単純ではない。

 今回の騒動が起こる以前から、白鵬はモンゴル国籍のまま一代年寄になる道を断念し、日本国籍取得に向けて動いていた。ちょうど三本締め問題が紛糾している最中、母国政府に対してモンゴル国籍の離脱を申請していることが明らかになっている。

悩みに悩み抜いたあげくの苦渋の決断

 白鵬にとっては、悩みに悩み抜いたあげくの苦渋の決断だったはずだ。白鵬の日本国籍取得が話題になり始めた2009年、私は宮城野部屋に通って白鵬を取材。この年4月、白鵬が外国特派員協会での会見で、「引退したらいずれは部屋を持ちたい」と発言した真意を確かめてみた。答えはこうである。

 「部屋を持ちたいとは言ってないよ。(日本国籍取得の)決心はしてないです。(日本とモンゴルは)両方、いいとこありますからね。(15歳から力士として)育った国が日本ですから、そういう意味で(日本に)感謝しないと、というのはありますけどね。

 ぼくは日本の横綱、父親(ムンフバト氏)はモンゴル相撲の横綱で、親子横綱じゃないですか。だから、ぼくが(親方になって)3代目の横綱をつくったら、日本への恩返しになるんじゃないか、そういう夢はありますね、と話したら、デカデカと、そういうの(日本国籍取得の報道)になったんですよ」

 その後、モンゴルのウランバートルにある白鵬の家(マンション)にも足を運び、父親のムンフバトさんにも、この件について直接質問する機会に恵まれた。このときは非常に険しい顔をされ、「そんな話をするのは早い」とはねつけられている。

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