Wedge創刊30周年記念インタビュー・新時代に挑む30人

2019年6月17日

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中西 享 (なかにし・とおる)

経済ジャーナリスト

1948年岡山県生まれ。72年共同通信社に入社。88年から91年までニューヨーク特派員、経済分野を取材し、編集委員を経て2010年に退社。現在は経済ジャーナリスト。著書は「ジャパンマネーの奔流―ニューヨーク・東京・ロンドンの24時間」(1987年、ダイヤモンド社)、「日本買い 外資は何を狙っているか」(2005年、PHP研究所)など。

本記事掲載のWedge5月号『創刊30周年記念インタビュー「新時代に挑む30人」』では、「ホンダジェット」の生みの親・藤野道格氏 やラグビー日本代表・リーチ・マイケル氏USJ復活の立役者でマーケターの森岡毅氏大峯千日回峰行を満行した大阿闍梨・塩沼亮潤氏など様々な分野で令和の時代を牽引していく30人にインタビューを行いました。

30年の歳月をかけて世の中に出ることになったホンダジェット。過去の製造業とは異なる新しい試みが「未体験」の飛行機を生み出した。

藤野 道格(ふじの・みちまさ):1960年生まれ。東京大学工学部航空学科卒。「Aircraft Design Award」(米国航空宇宙学会)、「ケリー・ジョンソン賞」(SAEインターナショナル)、「ジューコフスキー賞」(国際航空科学会議)を受賞。3賞を同一人物が受賞したのは世界初。

 後頭部から背中にかけて「ぐーん」と押されたと思うと、15秒足らずで滑走路から離陸し空中を舞う「鳥」になった。体験搭乗したホンダジェット(最大7人乗り)は急上昇してあっという間に高度約9000メートルに達して安定飛行に。全く未体験の乗り物だった。常識を覆す発想でエンジンを主翼上面に配置したことで、機内は4人が向かい合っても足を十分伸ばして座れるスペースができ、パソコンを置ける2枚の収納テーブルを使えて大きな声を出さずに会話ができる「空飛ぶ会議室」に変身する。小型飛行機を利用したことがある人ほど、この「未体験」をより実感してくれるという。

 こんなジェット機を、航空機業界に初参入の自動車メーカー、ホンダがやってのけた。しかもエンジンから機体まですべて手掛けるという航空機業界でも異例の挑戦だった。この夢を先頭に立って実現したのが、米ノースカロライナ州グリーンズボロに本社・工場があるホンダエアクラフトカンパニー社長の藤野道格だ。

 1986年に新しく始まった航空機研究への異動を命じられ、ホンダジェットの技術実証機を開発し、2003年には初飛行にも成功したが、航空機研究はそこで打ち切りの危機を迎えた。

 しかし、「何としてもジェット機を商品化したかった」という藤野の執念がホンダ経営陣を動かし、世界最大規模の航空ショーEAAエアベンチャー・オシュコシュでの世界初公開で得た周囲の大反響が事業化へと後押しすることとなった。

 この間30年、心が折れないように堅持してきたことが二つあるという。「一つは常に視野を広く持って、今自分のいる位置がどこなのかを確認すること。研究室の中だけにいると、機密を守るため外との関係が薄くなるため、自分が世界でどれくらいの実力があるのか見えなくなる」。

 もう一つは、「1週間に1回、課題を決めてレポートを書いて発表することを自分に課し、航空機開発のプロジェクト開発から10年以上続けた。そうすることで短期の明確な目標を持ち続けることができた」。

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