Wedge創刊30周年記念インタビュー・新時代に挑む30人

2019年6月3日

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鵜飼秀徳 (うかい・ひでのり)

ジャーナリスト兼僧侶

1974年生まれ。新聞記者・雑誌編集者を経て独立。社会と宗教との関係性を解き明かす
べく取材を続ける。近著『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』(文春新書)はベストセラーに。正覚寺副住職、一般社団法人 良いお寺研究会代表理事。東京農業大学・佛教大学非常勤講師。

本記事掲載のWedge5月号『創刊30周年記念インタビュー「新時代に挑む30人」』では、「ホンダジェット」の生みの親・藤野道格氏ラグビー日本代表・リーチ・マイケル氏USJ復活の立役者でマーケターの森岡毅氏、大峯千日回峰行を満行した大阿闍梨・塩沼亮潤氏など様々な分野で令和の時代を牽引していく30人にインタビューを行いました。

業績が伸び悩む企業と求心力が失われつつある仏教界。両者とも「成長のジレンマ」に陥っていると危惧する大阿闍梨は、今こそ原点に立ちかえり、善い行いを積み重ねる意義を説く。

塩沼 亮潤(しおぬま・りょうじゅん):1968年生まれ、高校卒業後、吉野山金峯山寺で出家得度、99年に大峯千日回峰行を満行。2000年に四無行を満行し、大阿闍梨に。故郷仙台市秋保に慈眼寺を開山し、住職を務める。著書に『人生生涯小僧のこころ』(致知出版社)ほか。(写真・湯澤 毅)

 堂内を埋め尽くす人々の視線が、その人の所作に向けられている。腹の底に響く太鼓の音。澄み渡る般若心経の真言。護摩木が次々と投じられると、炎が昇龍のように立ち上がる。およそ1時間の祈祷の間、誰もが手を合わせ、こうべを垂れる。

 仙台駅から車で40分、名湯秋保温泉の近くに慈眼寺はある。この日、月2回実施される護摩祈祷に合わせて全国から老若男女およそ200人が集まった。多くの人が、住職に会いにこの山寺に足を向ける。

 その人とは塩沼亮潤師。塩沼師は「大峯千日回峰行大行満大阿闍梨」の称号を持ち、“生き仏”とも敬われている存在だ。

 大峯千日回峰行とは、決死の覚悟でのぞむ荒業中の荒行で知られている。それは奈良県吉野にある金峯山寺から大峯山間の山道48km、標高差1300mを9年間にわたって1000日間歩き続けるというもの。総距離は4万8000kmにも達し、地球一周(約4万km)よりも長い。金峯山寺の歴史1300年間で満行者は2人のみだ。どれだけ凄まじい行なのか。

 「クマに追いかけられたこともありました。崖が崩れ行く手を阻まれたこともありました。血尿も出ますし、心臓を悪くして、意識が遠のいた時もありました。気候がよく、体調も優れた状態の日などほとんどありません。ひとたび行を始めれば、1日たりとも休むことは許されません。常に自害用の脇差と死出紐を持って歩き、仮に行を断念する時には腹を切るか、首をくくるかの覚悟で日々を送るのです」

 ふと、師が指差したそこには、行の494日目に筆を走らせた色紙が置かれていた。清書されたものではない。一部、墨が滲み、字体は乱れている。修行半ばで腹痛と下痢、39度を超える高熱に見舞われた。切腹も覚悟したが、なんとか踏破し、坊に戻った直後の心境を綴ったものだという。《くず湯二杯で四十八キロあるいた おなかがとおり食べてもすぐでてくる 苦しくてないて誰もいない山で… 部屋にかえったら涙がとまらない 体がふるえて よくいってきたものだ》と書かれている。

 「徳川家康は三方ヶ原の戦いで敗れた後に、自戒を込めてしかめっ面の自画像を書かせたと言いますが、まさにそれと同じ心境で筆をとりました。こんなところでくじけては“夢”は達成できないと、震える手で、涙を流しながら書いたことが思い出されます」

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