Wedge創刊30周年記念インタビュー・新時代に挑む30人

2019年4月19日

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本記事掲載のWedge5月号『創刊30周年記念インタビュー「新時代に挑む30人」』では、「ホンダジェット」の生みの親・藤野道格氏 やラグビー日本代表・リーチ・マイケル氏、USJ復活の立役者でマーケターの森岡毅氏、大峯千日回峰行を満行した大阿闍梨・塩沼亮潤氏など様々な分野で令和の時代を牽引していく30人にインタビューを行いました。

「ALWAYS三丁目の夕日」や「永遠の0」、「海賊とよばれた男」など、ヒット映画を連発する山崎貴監督。その成功の裏には監督という立場を超えたチームとの繋がりがあるという――。

やまざき・たかし:1964年生まれ。阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業後、映像制作会社「白組」入社。2000年に「ジュブナイル」で映画監督デビュー。日本映画界におけるCGを駆使したVFX(視覚効果)の第一人者。05年に「ALWAYS三丁目の夕日」が第29回日本アカデミー賞の12部門で最優秀賞を受賞。そのほか「STAND BY ME ドラえもん」「永遠の0」「寄生獣」「海賊とよばれた男」などヒット作を手がける。(写真・さとうわたる)

 幼い頃、「未知との遭遇」、「スター・ウォーズ」という映画を目にしてから、VFX(視覚効果)技術に大きな興味を抱くようになりました。VFXは今でこそ日本の映画で観ることも多くなりましたが、僕が学生の頃はテレビCMで使われているくらいでした。そこで、CM制作を手がけていた「白組」という会社に就職しました。後に、伊丹十三監督の映画作品のVFXを担当する機会があり、その経験からVFXをやるなら映画が一番面白いと感じました。

 ただ、映画でVFXを使うという風土が当時の日本にはまだ根付いておらず、映画で使うなら自分で企画する、つまりは監督になるしかないと考えました。ずっと企画を提案するチャンスを狙っていたところ、当時の社長が、受注製作だけでは業績が伸びないため自社でコンテンツを作ると言い始め、社内で企画募集が行われることになりました。

 ここがチャンスだと思い企画を提出したところ、内容は認められましたが、必要な予算が自社で対応できるレベルをはるかに超えていました。そこで、別の会社の力を借りようと様々な映画やCMを手掛ける製作会社「ROBOT」に社長が企画を持って行ったところ話が盛り上がり、私を監督として映画を製作することが決まりました。

 しかし、その後2年ほどかけて構成を詰め、具体的な製作に移る段階で製作費を試算したところ、約20億円という膨大な額になりました。ちなみに、当時の新人監督デビュー作の予算は1億円程度が相場でした。それでも10億円程度まで何とか集めることができたのですが、そこが限界でした。膠着(こうちゃく)状態が続きましたが、ここでこだわっていると、映画監督デビューというチャンスを得た人、という思い出話だけで終わってしまうと思い、予算規模に見合うよう新たなシナリオを書きました。そして、「ジュブナイル」というSF映画で監督デビューを迎えることができました。

 チャンスが来たらいつでも飛びつけるように常に準備をし続けていたことが大きかったと思います。その時は光を見ない準備も、捨てるのではなく後で使えば良いだけだと思い、できることは全てやっていました。

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